天槍のユニカ



追想の場所(9)

「彼女は噂に名高い『天槍の娘』だ」
「天槍の……? あはは、なんつー冗談」
 庭木の枝から落ちてきた雪を避けるために立ち止まったディルクは、すぐには歩き出さずにルウェルを振り返った。彼の表情は冗談を言う時のものとはほど遠く、不敵に笑っている。
「えー……さっきの、あの凶暴娘が?」
「お前が驚かせたから、彼女は自分を守ろうとしただけなんじゃないのか?」
「違ぇよ、慰めようとしただけだって」
 もちろん多少の下心はあったが、まだ手も触れていなかった。そう言ったところで誤解が解けるわけでもないので、ルウェルは不満そうに口を尖らせたままディルクのあとをついて行く。
「けどさー、『天槍の娘』って、俺はてっきり妖精みたいなもんだと思ってたぜ」
「妖精?」
「そ。いるようなー、いないようなー、いたらすげぇなーって感じのもの」
 神話や伝説に語られる妖精の存在は、森に宿り魔法を使い、かつて人と相対してこの地上の支配を争ったという。世界の裏へ追いやられた妖精たちは今でも人々の暮らしのそばに潜み、地上を奪われた腹癒せに人に対して悪さをする。
 しかし、それは他愛もないお伽話の残滓である。
「ユニカはそんな生半可なものじゃない。それに、例えるなら妖精より十番目の女神の化身だな」
 彼女の不死は本物のようだし、彼女の血はエイルリヒの命を救った。
 頑なにディルクを拒もうとした彼女の様子は、不死身なだけで野蛮な妖精とは違い、雷の槍と万能薬の花を掲げた救療(くりょう)の女神が孤高を持する姿に例えたほうが相応しいと思う。
「妖精でも女神でもいいけどさ、珍しいもんに興味が湧くのは人間の性だよな」
 後ろを歩くルウェルは、ディルクがユニカに執着する理由を彼女の異能に見出したようだった。
「そうだな」
 相槌を打っておくだけで、ディルクは否定も肯定もしない。





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