天槍のユニカ



追想の場所(7)

 一人生き残るであろう私の娘を頼む……クレスツェンツへの最期の手紙にそう認めた友は、こんなふうに悩んだことはなかったのだろうか。
 せめて、わずかでも彼と話す時間があればいいのに。
 クレスツェンツは震えの止まらなくなってきた手に力を込めて、自分の足許で泣いているユニカを抱き寄せた。
 しゃくり上げる彼女からは、薔薇のようで、麝香のようでもある不思議な匂いが立ち上ってくる。
 ペシラで初めて出会った時もユニカからは甘い匂いがしていたが、あの時と違って香りから受ける印象は愛らしさだけではない。ひとりの女として成長しつつある娘の独特の色香を感じさせた。
「いつの間に、こんなに娘らしくなったのだろう。……そうだな、お前の嫁ぐところを見届けたいのだった。よい相手を探さねばならない。それには、元気に働ける身体が必要だね」
「……それじゃあ、」
「血を貰おう、ユニカ。一度だけ」
「はい!」
 ユニカの血は、確実に命を救うことが出来る。
 自分の前で、人の生き死にが別れていく恐怖はもう知っていた。ユニカはその上で決意した。クレスツェンツには生きていて欲しいと強く願ったから。

 
 例外があることなど、考えてもみなかった。

 

 その年の夏が終わる頃、王妃クレスツェンツは崩御した。
(どうして……?)
 ユニカは呆然としながら、王城を出て行く王妃の葬列を見送った。
(導師様は助けられた。あの疫病も……キルルも治ったわ。なのに、どうして)
 この血はユニカに選ぶことを許さないのだろうか。今まで――ユニカが知る限り、人々の命を繋ぎ止めてきたはずなのに。

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