天槍のユニカ



追想の場所(6)

「国中すべての病の人にというのは無理かも知れません。でも、少しずつ血を抜いていけば、私だってすぐには死にません。うんと長い時間をかければ、何十人か、もしかしたら百人でも助けられるくらいの血は搾り取れるはずです。王妃様が生きてくださるなら、私はそれでいい。施療院はもっと大きくなって、病気から助かる人が増えるし、私は導師様のところに行けるわ」
 クレスツェンツが腕を振り上げるのに気づき、殴られると思ったユニカはぎゅっと目を閉じた。しかし頬には衝撃が降ってこない。代わりに、跪いたユニカの肩を痩せた手が震えながら掴んだ。
「わたくしは、お前にそんなことを言わせたかったのではない……わたくしもアヒムも、助けるか助けないかを、小さなお前に選んで欲しくないのだ」
 施療院も、医術も、必ず病人を助けられるわけではない。取りこぼしてしまう命は多くある。しかしユニカの血は確実に命を救うことが出来る。それは特異な力≠セ。
 力≠振るう者の重責と孤独を、どうして可愛い娘に背負わせたいだろう。
「助けたい者だけを助ける……そんなお前を人々は批難するぞ。お前の選択が悪だからではない。お前に掬い上げられなかった者たちは掬い上げられた者を妬み、そして見捨てたお前を憎むのだ。お前の手が、どんなに小さいかも知らずにね」
「だから私が何もしないまま、王妃様が死んでしまうのですか? 施療院にいる患者達を、看病する人達を遺して」
 違う、とは言ったが、クレスツェンツの口調には覇気がない。
 クレスツェンツは諦めていない。鼓動が続く限り、寝台から動けなくなっても生きているつもりだ。
 王妃という旗印さえあれば、変えられること、続けられることはたくさんあるのだから。決してユニカのために死を受け入れようと思うわけではなかった。
 けれど、この時初めてふと思った。
 ユニカが誰かを助けたいと思う限り、彼女の前には選択肢が現れる。いや、助けたいと思った時、彼女は力≠振るうことをすでに選んでいるのだ。
 それを拒むのは果たしてユニカのためになるのだろうか? 彼女の意思を否定することになっているのではないだろうか。
この娘を守るということは、選ばせない≠フではなく、選んだ彼女をあらゆる批難から庇う≠アとではないのか。
 クレスツェンツの一瞬の迷いを読み取り、ユニカは畳み掛けた。
「私はもう、欲しいものを得るために血を売っています。そして王妃様、今、私は王妃様に生きていて欲しいのです。私が少し痛い思いをするだけでそれが叶うなら、誰から謗られても怖くはありません。国中に血を配れとおっしゃるなら従います、だから……」

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