天槍のユニカ



追想の場所(5)

 クレスツェンツは二人の約束に異を唱えた。国を担う王の体調は重要である。しかしそのために、こんなに小さな子供を犠牲にしてはならないと。
 それでもユニカは王に血を差し出すと決めた。代わりに、王の治世の終わり≠貰う約束をして。
 クレスツェンツは悲しんでくれた。でも、ユニカは憎しみを晴らす機会が欲しかった。そのために、ユニカは黙って針の先に己の肌をさらす。
 決めたのはユニカ。だが、提案し、選択を迫ったのは王。
 あの出来事が、王と王妃、二人の良好な関係に影を落としたことは、ユニカにも察しがついた。
 二人は常に互いの政治を支え合ってきたのに、ユニカのために彼らの間の何かがずれたのだ。
 ああ、本当に、私という存在はどこにいても、誰のためにもならない。
 それどころか、そこにいるだけで人々を争わせ悩ませる。
 大好きな人、守ってくれる人さえその渦に巻き込んでしまう。
 ならばせめて、手放すことの出来ないこの呪わしい力は自分の意思で大好きな人のために使いたいのだ。今度こそ、本当の、自分の意思で。
「自分を大切にするとは、どういうことですか? 大好きな人を助けられるかも知れないのに、見殺しにするということですか?」
「それは違う」
 うずくまったままのユニカの顔を上げさせ、クレスツェンツは厳しい口調で否定した。
「ユニカ、お前がわたくしの病を治したら、次は誰の病を治す?」
「誰の?」
「アマリアにもたくさんの病人がいる。シヴィロ王国を見渡せばもっとたくさんの病の者が。薬も買えず、医者にも診てもらえない者だって多い。お前は、その者たちにも血を分け与えることが出来るかい?」
 ユニカは上目遣いでクレスツェンツを睨み、首を横に振った。
 出来るわけがない。血抜きの針が刺さるのは痛いし、血を失いすぎればユニカとて体調を崩す。それは、あの疫病の最中で経験済みだった。
「ならば、わたくしだけを特別扱いしてはならない。お前が進んで血を国中に配るというなら、わたくしもお前の血を受け取る一人になろう。だけどそんなことは不可能だ」
「――王妃様が私の血を受け取ってくださるなら、そうします」
「なに?」

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