天槍のユニカ



追想の場所(4)

 両方が絶たれたら、これまでに整えてきた施療院の体制が破綻してしまう。
 そして何より、クレスツェンツが求めたのは貴族や民の垣根を越えた理解……弱い者を皆で助けるという、新しい仕組みの土台となる人々の心だった。施療院を敬遠されるのは、彼女の事業にとって最も大きな痛手となるのだ。
 だからクレスツェンツはまだ死ぬわけにはいかなかった。これからも彼女が事業の先頭に立っていなければならないし、強く健常な者が弱った者を扶助する姿を見せ続けねばならない。
 この抵抗がいつまでも続けられるものではないと分かっていても。
 死を逃れるための方法は、目の前に一つだけある。しかし、クレスツェンツがそれを選ぼうと思ったことはほんの一瞬たりともない。
 人の生死の選択を、この娘が迫られることのないように守って欲しい。
 それが最愛の友から送られてきた最期の願いだったのだから。
「自分を大切におし、ユニカ。お前は普通の娘。アヒムはそう思ってお前を二年間育てた。あとを託されたわたくしも同じだ。お前の血に癒やしの力があったとしても、それがお前を傷つけることでしか得られないものなら、わたくしはいらない。陛下に血を差し出すのももうおやめ。そんなことをしなくても陛下はお前の故郷のことを忘れはしないよ」
 その言葉がユニカの心を抉ったことに、クレスツェンツは気がついていなかっただろう。
 クレスツェンツがユニカを引き取って以来、彼女と王が様々なところで衝突するようになったことを、ユニカはなんとなく知っていた。原因は、きっとユニカだ。
 ユニカが王城へやって来た直後、王は、まだ悲しみと混乱から立ち直れていないユニカに癒やしの血を求めた。これは主治医たちにも悟らせていなかったことだそうだが、八年前のあの夏、疫病とはまったく別のところで王は体調を崩していたのだ。
 そして彼は疫病の収束とともにもたらされたユニカの力に縋りついてきた。十の子供に理解できるはずもない政治的な話を引っ提げて。
 二歳の世継ぎには国を治められないこと。南に隣接する国トルイユがウゼロ公国の金鉱脈を狙い、シヴィロ王国とも緊張が高まっていること。疫病のせいで南部の海運業が大打撃を受け、それを立て直すための政策に打ち込まねばならないこと。
 そして彼は血の代償に、将来自分の命を差し出すと約束した。

- 217 -


[しおりをはさむ]