天槍のユニカ



追想の場所(3)

 このまま黙って泣くのを堪えているだけでは、二人目の大好きな養い親が死んでしまう。
 ユニカは意を決して顔を上げた。滲んできた涙をぬぐい、クレスツェンツをきっと見上げる。
 クレスツェンツは首を傾げながら、やはり笑っていた。ユニカの涙の理由を知っているだろうに。
「王妃様、どうかお願いです。私の血を飲んでください」
「何を言い出すのかと思えば……そんなことを出来るものか。友から預かった可愛い娘に傷をつけるなんて」
 クレスツェンツは困惑に表情を歪め、左右に首を振った。
「私の傷なんてすぐに治ります! 王妃様のご病気だって……!」
 ユニカは堪えきれなくなり、手と同じように痩せ細ったクレスツェンツの脚に顔を埋め、ついには泣き出してしまう。
 毅然としていなければ王妃は説得出来ない。そう思っていたのに、予想通り彼女に提案を拒まれたらとても我慢出来なくなった。
 二人目の親が死ぬ。目前に迫ったその事実がひたすら恐ろしく、悔しくて。そしてそれを食い止める力がユニカにはあるのに、クレスツェンツはユニカのためよと言ってこの手をとってはくれない。
 大好きな人が、また目の前で死んでしまう。
 クレスツェンツの前でさえなかなか素直に感情を吐露出来ないユニカが、声を上げて泣いている。
 そんな少女の様子に戸惑う自分に苦笑しながら、クレスツェンツは何も言えずにユニカの髪を撫で続けていた。
 王妃クレスツェンツは一昨年から体調を崩していた。季節に関わりなく彼女の病状は悪化し、医官たちの治療も虚しい。固形の食べものを受け付けられなくなってから、その衰え方はますます顕著になった。
 時折吐血し、意識をなくすこともあった。病の原因も分からないまま、今では激しく身体中をさいなむ痛みを抑えるための薬だけを処方させている。
 今や、クレスツェンツの命を保たせているのは彼女自身の気力だけだ。
 困ったことに、王妃の病は施療院で伝染(うつ)されたのではないかという噂が貴族の間に広がっていた。
 このまま自分が死ねば、施療院はやはり病の巣窟であるという印象が貴族に植え付けられてしまう。彼らの賛同がなければ国庫から施療院へ資金を出すという法が維持出来ないし、貴族からクレスツェンツを通じて施療院へ寄せられる寄付の金額も大きい。

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