天槍のユニカ



矛先(12)

「そういう問題じゃない時もある」
 嘆息しながら、ディルクは書類の山と置き時計を見比べる。そろそろ昼食の時間だが、午後からは出かける予定もあり、今を逃せば真相を確かめに行く時間はなかった。
「抜けるぞ」
「え?」
「その娘のところに行く」
「今の話にディルクの食指を動かす要素があったとは思えねぇんだけど……っていうか知り合い? あの暗そうな子と? 新しい彼女ならちゃんと俺にも紹介しろよな」
「うるさい。黙ってついて来い」
「また寒い中に出て行かなくちゃいけないんだ、俺」
 ぶつぶつ言うルウェルを無視し、ディルクは席を立った。
 あのユニカが泣くのにはよっぽどの理由が必要な気がする。彼女は自分の感情を怒りや機嫌の悪さでごまかし、人に読ませまいとしているところがある。何度か会ううちにディルクはそう感じ取った。
 泣くほど無防備になることが彼女に出来るとは思えなかった。何か、ユニカの鎧を突き崩すような出来事が起こったのだ。
 ディルクが上着を羽織ったのと同時に、誰かが執務室の扉を叩いた。
「殿下、よろしいでしょうか」
 扉の前でディルクとルウェルは顔を見合わせ、互いに眉を顰める。声の主は近衛隊長のラヒアックだったからだ。
(どうする?)
 唇の動きだけで、ルウェルが言う。
 ラヒアックのことだ。仕事の途中で抜け出すとなれば理由を聞いてくるだろうし、正直にユニカのところへ行くなどと言えるはずもない。
 ディルクは左右に首を振って、中庭に面した窓を顧みた。庭には雪が積もっているが、しばらく壁沿いに歩き、庭木の根元の雪が少ないところを伝って行けば柱廊(コロネード)まで辿り着けそうだ。
(窓から出よう)
(そこまでして会いたいのか? まぁいいや、ほんとに紹介しろよな)
(お前は時間を稼いでから来い)
(りょーかい)
 二人は音もなく会話を済ませると、方々へ散った。

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