天槍のユニカ



矛先(13)

 ディルクは窓から庭を見渡し、近くに衛兵がいないことを確かめる。難なく窓枠に足を掛けて雪の上に飛び降り、そのまま壁伝いに雪の浅いところを歩き始めた。
 ルウェルは執務室を眺め、もう一度聞こえたノックの音に慌てる。
「殿下?」
「は、はーい」
 思わず返事をしてしまいながら、彼は急いで二人がけの長椅子をずりずりと扉の前へと引っ張っていく。
「失礼しますぞ」
 長椅子が扉を塞いだのと、不審に思ったラヒアックが扉を開けたのはほぼ同時だった。ガコッと間抜けな音を立てて、扉は長椅子の背もたれにつっかえる。
「殿下? これは一体……」
 隙間から中を覗いたラヒアックは、ひらりと深紅のマントが翻るのを見た。
「――ギムガルテか!? これは何の真似だ! 殿下、いらっしゃいますか!?」
 がなるラヒアックの声を背に、ルウェルも窓から外へ飛び出した。
 相変わらず視界を妨げるほどの雪が降っている。寒くて嫌になるが、人目を忍ぶにはちょうどよい。
 金の髪に雪を積もらせて前方を歩いているディルクに追いつくと、ルウェルはわざと乱暴に肩を組んだ。
「……歩きにくい」
「いーじゃんいーじゃん。久しぶりだぞ、こういうの」
 窓はれっきとした出入り口である、とルウェルがディルクに教えたのは、もう十年は昔のことだ。
 窓から出入りするのはたいてい後ろめたいことがある時。だが、同時に面白いことをする時だった。
 ルウェルがにかっと笑えばディルクも悪い気はしていないようで、かすかに口の端を持ち上げて見せる。
「で、どこに向かうんだ?」
「図書館」
「や、あの子なら走って逃げてったから、もう図書館にはいねーよ?」
「それを早く言え」
 柱廊に辿り着くと、ディルクは頭や肩に積もった雪と一緒にルウェルの腕も払い除ける。そして西の宮がある方角を見つめた。


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