天槍のユニカ



矛先(11)

 ディルクは戻ってきたルウェルの顔を確かめたきり、手元から視線を上げようとしない。いくつもの書類を見比べ、付箋を挟んだり並べ替えたり何かを書き込んだりと忙しそうである。
 ディルクはエイルリヒを最初の宿営地へ送り届けてこの方、ラヒアックから回されてくる机仕事の処理に追われていた。
 近衛の長、そして王家の軍の長となったディルクは、近衛隊長から種々の権限を引き継ぐのに手一杯だ。しかし、もともとディルクは公国軍の一翼を指揮するところから公職に就いた。指揮する軍の規模は格段に大きくなったが、やることはさして変わらない。
 広く盤上を見渡し、駒を運ぶのは彼の得意とするところ。
 真剣に文書と向き合いながらもどこか生き生きしているディルクを眺めて、ルウェルはこの幼馴染みならうまくやるだろうなと、にやにやにやしながら思った。
「まぁ聞き流してくれていいんだけどさ、図書館に先客がいたわけよ」
「先客?」
「そ。なかなかの美少女。でも凶暴だった」
 ルウェルも最初は気にした図書館に人がいた≠ニいう事実に、ディルクも引っかかるものがあったようだ。聞き流すと言っていたディルクだが、手を止めて顔を上げた。
「若い娘が? 一人か?」
「おう。いじめられた女官が泣きに来てたんだろうけどさ。色白で、黒髪ツヤツヤで、可愛いんだけど、なぁんか暗そうな娘だったなぁ」
「年頃は?」
「二十歳過ぎてるような色気はなかったと思うぜ。あ、胸はけっこうでかかったけど。お前の二つか三つ下じゃねぇかな。なんだ、興味があるのか?」
 ディルクは机に視線を戻し、書類をめくりながら考え込んだ。
 ルウェルは面識のない相手だが、それはユニカではないかとディルクは思った。
 色白で、黒髪で、まだ二十歳に満たないほどの娘。それだけの条件なら女官の中を探せばいくらでも該当者が現れる。しかし王家の所有物である図書館に、女官は一人で出入りしないだろう。
 今、王家の図書館から本を取り出して読もうとするのは、王とディルク。
 もう一人考えられるのは、図書館の本を読み尽くしそうだと言っていたユニカだ。
「泣いていたのか?」
「ああ。だから慰めてやろうと思ったのに、声かけたら本でガンガン殴ってきやがったの。あんまおすすめしないぜ? お前、ひたすら可愛いだけの女の方が好みだろ」

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