天槍のユニカ



矛先(9)

 風はないものの、辺りが見えないほど濛々と雪が降っていた。十一月はシヴィロ王国で最も多くの雪が降る月である。この頃の兵士の主な仕事は、王城の警護よりも王都アマリアの主要な道を除雪することといってもいい。
 雪の中でも人が歩く道を確保できるように、王城内の建物は柱廊で結ばれているところが多い。図書館も例外ではなかったが、柱と屋根だけで寒さは防げない。
 ようやく図書館へ飛び込んだルウェルは、歯をかちかち震わせながらディルクに渡されたメモを取り出した。本はその辺の空いている棚に突っ込むと行方不明になるものらしい。だから正確に元の場所に戻してくるようにという厳命だ。
「えーと、二百八十三番の棚、上から八段目、シヴィロ法大系二巻と六巻の間」
 (ばかな)ルウェルにも分かるようにとの、王太子からのご配慮がこもった丁寧な指示である。が、さすがのルウェルでも、三、四、五巻が二巻と六巻の間であることくらい分かる。
「ちっ、ばかにしやがってぇ……ここが九十二番の棚で、なんだよ、すげぇ奥じゃん」
 早くディルクの部屋に戻って火にあたりたい。そう思いながらルウェルは棚と棚の間を駆け抜けていく。
 ところが、目的の棚が近づくとルウェルは速度を落とした。濡れた足跡が一つ、別の棚の間から続いていたからだ。
 ここは王家の図書館。入る者は限られると聞かされていたが。
 鼻歌も止め、ゆっくりと歩きながら足跡を追うように奥へと進む。静寂が支配する中で耳をそばだててみたが、人の気配はなかなか掴めない。別の通路から立ち去ったあとだろうか。
 足跡はルウェルの目的の棚を通り過ぎ、奥へと続いていた。本を棚に収め、彼はさらにそれを追う。
 すると、引き締まった冷たい空気の中に、薔薇のようで、麝香(ムスク)のようでもある不思議な香りが漂ってきた。妙に気にかかるのは、きっと女の匂いだからだ。
「お……」
 足跡の終着点を見つけたルウェルは思わず声を漏らしてしまった。ルウェルに気づいた相手も肩を震わせて顔を上げる。
 棚と棚の間に、娘がうずくまっていた。薄いグレーに、青と白の花が散らしてある地味なドレス、暗い印象を与える濡れた漆黒の髪。

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