天槍のユニカ



矛先(5)

「途中って、どの辺り?」
「……キャロルが、プリシラを攫って人質にしようとしてるところ」
 何がフラレイの心を刺激したのか分からないが、彼女は両手を胸の前で握って目を潤ませる。
「あのシーン! 切なくて、わたし大好きなんです。それにもうすぐ一番盛り上がるところですよ! ユニカ様が『ロマサフ』を読みえたらぜひ語り合いたいです! リータやテリエナも『ロマサフ』が大好きなんです。ユニカ様も仲間だって分かれば、きっともっと仲良く出来ます!」
 熱く言ったフラレイを、ユニカは唖然としながら見上げた。
 そんなにもあの小説が魅力的なのかと驚くし、仮にも王に命じられて仕えているユニカに対して仲間′トばわりとは。とてもほかの相手では許されないことだ。そういうところに、彼女らがよそで弾かれ、ユニカの元へやって来た理由を想像出来た。
「ところでユニカ様、殿下からいただいた贈りものは本だけですか?」
 遠慮がちに訊ねてくる理由がよく分からず、ユニカは眉を顰めてフラレイを見つめ返す。すると彼女は気恥ずかしそうに顔を背けた。
「次に会うお約束をなさったり、お手紙を遣り取りされたりは?」
「――なぜそんなことを訊くの」
「ええっと……」
 ユニカのご機嫌が突然斜めになったのでフラレイは狼狽えた。しかし、ユニカが自分の結びつくべき権力なのかをなんとかして確かめておきたい。城内に流れている噂もある。もしかしたらユニカは、フラレイが思っている以上に王太子と親密なのではないか。
 それを確かめるための言葉はなかなか浮かんでこない。大っぴらな表現で訊くのは恥ずかしいし、かといって遠回しな表現では、意味が分からずまどろっこしく思ったユニカがますます機嫌を損ねそうだ。
 フラレイが黙って考えるだけ、ユニカも黙ってフラレイを見つめ返す。
 気まずい沈黙が続いたが、それは突如破られた。
 蹴破られたのではないかと思うほど激しい音を立てて、部屋の扉が開いたのだ。
 二人はそろって肩をすくめ、踏み込んできた男を振り返った。
 若い男は深紅のマントを肩からさげている。近衛の騎士だ。まだ少年といってもよい若さだった。
 無遠慮に部屋を見回す騎士の後ろには、さらに三人、四人と兵が続いて入ってきた。
 何が起こったのか分からないのはユニカもフラレイと同じだったが、彼らが招かれざる客だということは確かだった。ここは西の宮で、ユニカが静かに暮らすことを許された場所。剣を持った騎士が現れるべき場所ではない。

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