天槍のユニカ



幕間−2−(1)

幕間―2―


 再び意識をなくしたディルクは、それから十日もの間、高熱で生死の境をさまようことになった。熱にうかされているうちに前線から最も近くにある貴族の館に運ばれ、しばらく静養し自力で起き上がれるようになってから、ウゼロ公国の都テドッツへ戻ってきた。
 ディルクが育ての母であるテナ侯爵夫人ユスティエナと再会した時には、あの戦闘からひと月が経ち、冬が目前に迫っていた。
 ユスティエナが衰弱したディルクを見て「まずは歩き回る体力から取り戻さないと」と言うので、ディルクは今日ものろのろと庭を歩いていた。それに飽きて庭の一角に設えられた休憩場所に戻り、葉が落ちた樹の枝でチーチーと歌いながら戯れている小鳥の影を見上げる。
 安全な場所にいるのだ、という安堵を今日も噛みしめながらも、鈍く痛む左肩に眉を顰めた。
 傷は塞がっていたが、固定して安静にしていたせいで左腕が思うように動かせない。凝り固まった筋肉をはがし、再び馬上で槍や剣を振るえるほどになるまでは数ヶ月の訓練が必要だろう。
 しかし、戦線に復帰したところでなんになるというのだろう。戻ったところで死ぬまで戦わされるだけだ。
 ルウェルやクリスティアン、養父がいる場所へ戻りたいとは思うが、彼らのような強さがない自分は、どうせまた敵に叩きのめされるか、今度こそ殺されるかだ。
 大公は、ディルクに王族としての力を持って欲しくない。ならばこのまま飼い殺しにされている方が安全なのではないか。ここでぼんやり過ごしていれば、痛い目に遭うことも、敵の返り血を浴びることもない――
 そう考えると、目の前が突然灰色に変わった。怒号や悲鳴、馬の嘶き、ぶつかり合う鋼の音が脳裏に響く。混沌を極めた戦場の光景の中で、ディルクが剣で刺し貫いた敵の眼、噴き出した血だけが鮮やかに色づいている。
 降りかかってきた血液の生ぬるさまで蘇ってきた時、ディルクは堪えきれずに椅子からずり落ち、芝を掻きむしりながらえずいていた。
 戦場にいた時はさほど怖いと思わなかったのに、今になってあの世界を思い出すたびどうしようもない恐怖に囚われる。

- 1418 -


[しおりをはさむ]