天槍のユニカ



選びとる(2)

「ユニカは元気になった?」
 応接間へ連れて行かれる途中、レオノーレが歩きながらぽつりと呟いた。
「まだ寝たり起きたりというご容態ですが、もう心配はいらないだろうとヘルツォーク女子爵がおっしゃっていました」
「そう。よかった」
 レオノーレは言葉少なで振り返りもしない。クリスティアンには顔を見せたくないらしい。
 そういう時、誇り高いレオノーレはたいてい泣きそうな顔をしている、のだと思う。
 ディルクから聞いた話では、レオノーレはラビニエ等の不穏な企みに気づきながら、エリュゼがディルクに相談することを阻止したそうだ。その時はレオノーレなりの考えがあったのだろうが、結果として悪手だったことが分かった今は、反省もしていれば気に病んでもいるのだろう。一人でエリュゼのところへ転がり込み、気晴らししなくてはいられないほどには。
「それじゃあ伯爵を呼んできてあげるから。大人しくしてなさいよ」
 迷いなく応接間へ連れてこられたことを考えると、どうやらレオノーレのプラネルト伯爵邸訪問は今日が初めてではなさそうだ。
 クリスティアンもこの家を訪れるのは四度目だった。そのうち三度一緒に来ている従卒の見習い騎士も、客だけで置き去りにされても動じなくなっていた。プラネルト伯爵家に使用人は二人しかいないし、エリュゼの母である先代夫人も、祖母である先々代の夫人も、使用人と一緒に平気で家事をしていると知ったからだ。
 静かな屋敷の中にはマリネ液のつんと甘酸っぱい香りが漂っている。多分、この家の女性達はみんな厨房にいて、レオノーレが言うように夏の間に採れた野菜で酢漬けでも作っているのだろう。
 だが、エリュゼは違ったらしい。クリスティアンが記憶していた厨房の方向とは反対から駆けてくる足音が聞こえ、間もなく息せき切ったエリュゼが応接間に飛び込んできた。
 立ち上がって挨拶しようとする前にがっちりと両腕を掴まれ、その切羽詰まった様子にクリスティアンは驚いた。
「ユニカ様のご容態は……!」
 未だかつて、エリュゼがこんなに真剣に自分を見つめてくれたことがあっただろうか。それくらい必死な彼女をひとまず長椅子に落ち着かせ、さっきレオノーレにしたのと同じ報告を聞かせてやった。

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