選びとる(1)
第8話 選びとる
扉を開けたのが思いもよらない人物だったので、クリスティアンは目を丸くした。
「いらっしゃい」
しなをつけた声でレオノーレが言う。
思わず扉を閉めた。寝不足でもないし特別疲れているわけでもないのに幻を見たらしい。
従卒が傍らで怪訝そうに見上げてくるのを感じながら、されどもう一度扉を開ける勇気が湧かないのでただ突っ立っていると、親切なことに扉の方から開いてくれた。
「なんで閉めるのよ」
「お宅を間違えたのかと思いまして……」
「あんたが婚約者の家を間違えるわけがないでしょ。あがりなさいよ」
クリスティアンが訪ねたのはプラネルト伯爵の屋敷のはずだった。なのに出迎えてくれたのはウゼロ大公の姫君。しかも、ゼートレーネで何度かそうしていたようにエプロンを着けている。
伯爵家の家人がまだ見えないというのに、レオノーレの後ろについて屋敷に入っていくのはものすごく妙な気分だった。
「ここで何をなさっているのですか。謹慎中では?」
「出掛けるなとは言われてないわ。内郭に近寄るなって言われただけよ。ユニカと遊べなくて暇だし、ディルクから出禁をくらった仲間同士、伯爵と一緒に落ち込もうと思って。とはいえここにいるだけでも暇すぎたから、保存食づくりを手伝ってるの」
「……。お一人でいらっしゃったのですか?」
あまり反省しているように見えないレオノーレの様子に呆れながら、クリスティアンの愛馬のためにエリュゼが整えてくれた厩には先客がいなかったことを思い出す。ということは、レオノーレの騎士はここには誰もいないのだ。
「ちゃんとヴィルヘルムに送ってもらったのよ。夕方になったら迎えに来てくれるの」
行き来に護衛がついていればいいという問題ではないのだが。
ラビニエの一件で肝を冷やし、今もぴりぴりしているであろう元上官兼公女のお守り将軍のことを考えると気の毒になった。そして元上官には悪いが、レオノーレの騎士から外れられて心底よかったと思う。
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