天槍のユニカ



問いかけ(5)

 ジンケヴィッツ伯爵邸で起こった事件は、至って単純だった。
 伯爵の三女ラビニエとその取り巻きがユニカに嫌がらせ≠画策し、毒を混ぜた茶を飲ませた。ユニカは一命を取りとめたが、用いられたのは猛毒。死者が出てもおかしくない状況だった。
 毒入りの砂糖をユニカの茶に入れたのはラビニエだが、ディルクが考えた通り、くだんの娘はそれが猛毒入りの砂糖だとは知らなかったらしい。
 そして砂糖≠用意したのはコルネリア。仲間にも知らせず猛毒を準備したのはユニカの殺害を謀ったからで、その目的は婚約者を更迭したディルクへの復讐。
 警吏の報告を聞くほどにくだらないと思う。こんなことに自分やユニカが巻き込まれたことが腹立たしい。
 愚かな令嬢達に言わせれば原因はユニカとディルクにあったそうだが、ただの言いがかりだ。
 ユニカを宮に住まわせているのはディルクに許された裁量で決めたこと。職責を果たせない部下を更迭する権限もディルクは持っている。
 不意に痛んだ左手を見下ろし、舌打ちするところだった。
 これだけ単純な事件だというのに、法官は司法権の長たる王に判断を請うてきたのだ。曰く、前後の事情を酌むべきではないか、と。
 ディルクにすれば事情も何もない。勝手なやっかみによってユニカは衆目の前で殺されかけた。ディルクは復讐にはやるコルネリアに傷を負わされた――ことになっていた。
 実行犯も、実行したこともはっきりしている。あとは法に照らし合わせて刑罰を科するだけだというのに。
 しかも、法官が何を前後の事情≠ニ言っているかも分かるから、なおのこと不愉快だった。
 ディルクは包帯を巻いた左手を見せつけるように頬杖をつき、今まさに事件の始終と令嬢達への減刑案を読み上げた法官を睨みつける。
「減刑など、よほどの事情がある場合だ。卿の言う前後の事情≠ニは何か、はっきり説明してくれないか」
 さすがは上級の法官とあって、王族に睨まれたくらいでは顔色を変えない。ただ、彼の歯切れの悪さは心中に隠したつもりの気まずさを覆い隠せてはいなかった。
「くだんの姫君≠ヘ、少々特殊な能力の持ち主です。現に今回も、お命をとりとめられたわけですし」
「法の僕(しもべ)たる者の言葉とは思えないな。相手が異能の持ち主だから、丈夫だから、殺すつもりで毒を飲ませても死ななかったから。毒を盛った側の罪が軽くなるのか」

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