天槍のユニカ



秘密の報復(20)

 食べているところをまじまじ観察されるのは恥ずかしいが、おいしいし、ディルクが安心してくれるならそれもよいだろう。とはいえ、いたたまれなくて視線は泳ぐ。
 もう一つ、と差し出された葡萄を味わいながら、ユニカは目のやり場を探して、ディルクの左手に巻かれた包帯を見つけた。
「手、どうしたの。包帯が……」
「俺の不注意≠セよ。ユニカに比べたら大したことじゃない」
 ディルクは包帯に果汁が染みるのも気にせず、プラムをもう一つ剥こうとする。だいぶお腹がいっぱいになっていたユニカは慌ててそれを止めた。
「またあとで食べるわ」
「小鳥同然の食欲だな。まぁ、無理もよくないか」
 ディルクは剥きかけていたプラムを自分のものにし、残りはディディエンを呼んでさげさせた。あれだけたくさんあるなら、ユニカが食べたいと言えばエリュゼあたりが喜んで剥いてくれるだろう。ただ、ユニカは本来、酸味が強い皮ごとプラムをかじるほうが好きだったが。
 そういえば、エリュゼの姿がまだ見えない。いつもならディルクが閲兵式を終え、朝食をとっている今頃の時間には出仕してくるはずなのに。
「ディディ、エリュゼは?」
 そもそもユニカの具合が悪ければ、あの若い伯爵ならつきっきりで面倒を見てくれるはずだ――と考えるのは自信過剰な気もしたが、やはり、彼女の姿が見えないのは妙だった。
 ディルクに濡らした手ぬぐいを渡していた侍女は、指先を清める王太子をしどろもどろしながら窺う。
「エリュゼの登城は明後日まで禁じてある」
 手ぬぐいを返しながら呟いたディルク。ユニカは目を瞠ったのち、詰まりかけた喉でなんとか空気を吸い込んだ。
「どうして?」
「ユニカが、茶会へ出るよう脅されたことを俺に報告しなかったからだ」
 今度こそ息が詰まった。背筋にしんと冷たいものが張りついたようだった。
 コルネリアが尋ねてきた日のことを思い出す。ラビニエの父は軍の要職にある人物だ――という言葉が脳裡によみがえり、ユニカは唇を噛んだ。
 こうなったからには当然だ、ディルクはユニカがどう言われたのかまでを知ったのだ。
 ディルクの足を引っ張るまいと思って受けた話だったのに、何ごともなくすべてが済むという都合のよい展開にはならなかった。それどころか、エリュゼまで巻き込んで……。

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