天槍のユニカ



秘密の報復(16)

 ディルクが淡々とこぼす。するとコルネリアはぶるりと震え、ナイフを握りしめた。
 そして明確な殺意と一緒に刃を抱えて突進してきた。
 しかしそれも非力な令嬢がすること。刃先がディルクに届く前にルウェルが難なくコルネリアを捕らえる。そしてあっけなく彼女の腕を捻りあげ自由を奪った。
「温情ですって? 人の将来を潰しておきながら、自分は気に入った女を宮に連れ込んで遊んでいるくせに……殿下に彼を咎める資格などあるものですか!」
「そうお前に見えていたとしても、私は弁明などしない。ロットナーの更迭を翻しもしないし、お前の情状を酌むつもりもない。ただし、答えを間違えなければ命だけは助けてやる」
 コルネリアが取り落としたナイフを拾う。そして、ディルクはそれを左の手のひらにあてがった。
 憎しみで歪んだコルネリアの顔にふと怪訝そうな表情が浮かぶ。しかしそれも、ディルクの問いによって一瞬でかき消える。
「お前は、私への報復のためにユニカを殺そうとしたのか?」
「……ええ、もちろん。殺してやろうと思ったのに、あれだけの毒を飲んで生きているなんて、あの女は本当に妙な身体をしているのですね!」
 ルウェルに捕らえられたまま、コルネリアは甲高い声で嗤う。
 ユニカを嘲る声。不愉快で、殺意を決壊させるには十分な回答だった。
 ディルクは手にしていたナイフを引く。さして切れ味のよくない刃は絹の手袋を裂き、ディルクの皮膚も裂いた。
 王太子が自ら手を傷つけたナイフを持って歩み寄ってくることに気がつき、コルネリアははたと口をつぐむ。
 ルウェルが戒めていた彼女の手を無理やり開き、血のついたナイフを握らせてようやく、彼女は事態を察したらしい。だが、もう遅い。
「おい、衛兵! ちょっと入ってきて!」
 ルウェルの声は大きいだけでまったく緊張感がなかったが、部屋の前で待機していた二人の近衛兵は真面目くさった顔で扉を開けた。薄暗さも手伝い、彼らはディルクの手に血が滲んでいることに気がつかなかった。
「そのへんに医官のおばちゃんがいただろ。呼んできてくれ、ディルクが手ぇ切られちゃってさ」
「ち、違う、これは……!」
 コルネリアは慌ててナイフを放した。

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