天槍のユニカ



秘密の報復(14)

 二人が亡霊のような顔をして出ていくと、ディルクはもう一度寝台に腰掛け、ユニカの頬を撫でた。
 なんだかいつもこうしている気がする。ユニカに何かあってから、自分は駆けつけるだけ。
 ユニカを守れたことなどないのではないだろうか。もしかすると、この先も――
 いや、無意味な焦燥に駆られている場合ではない。もっと早く手を打つようにしていけばいいだけだ。二度と、少なくとも宮廷の誰も、ユニカを傷つけてよいとは思えないようにする。
「ティアナも、こんなことに巻き込んで悪かった。女子爵の治療を手伝ってくれたのか」
 彼女ももとはきれいであったであろう結い髪を解き、崩れないようぎゅっと無造作に結び直したらしい。結び損ねた後れ毛が一筋、耳のそばからちょろっと垂れていた。
「お役に立てましたかどうか。それに、やむを得ないことだったとはいえ、ユニカ様に少々乱暴なことをしてしまいました」
 何かと思えば、吐かせるためにユニカの喉へ指を突っ込んだのだと言う。仕方がないことだ。
 むしろティアナにそんなことをさせたのがエイルリヒにばれたらディルクが殺されるので、この件について話をするのは互いに今日を最後にすると約束した。
「それにしても今回の件、嫌がらせにしてはずいぶんと危険ではありませんか? 彼女達はユニカ様のお身体のことを知っていたのでしょうか」
「噂程度には知っている者もいるでしょうね。『天槍の娘』は不死の身体だと」
「ですが、わたくしたちの世代で、城勤めをしたこともない娘達がというと妙に感じます。温室で美しい蕾になればよいと考えられて育つ娘達に、王家にまつわる本当の禁忌を親が吹き込むでしょうか。触れ方を間違えば命取りになる事柄です。現に、今回のように……」
 ティアナの疑問にナタリエは答えず、またディルクも無言でユニカの髪の端に指を絡めた。
 ユニカの異能を知らず、殺すつもりで強力な毒を使ったのか、あるいは異能の娘なら悪ふざけで済むかも知れないと思ったのか。
 どちらにしても重罪だが、殺意の有無は罪の重さを変えるだろう。そしてそれは警吏が調べ明らかにするはずのことだった。

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