天槍のユニカ



秘密の報復(12)

 殺鼠剤に含まれる砒素を察知されない食器を使った。やはり、そんな工夫を幼いラビニエが考えついたとは思えないし、それを教えた者のユニカに対する殺意が見えて仕方がない。
「殿下」
 それまで所在なさげに立ち尽くすだけだったエリュゼが、考え込むディルクのそばへやって来て跪いた。
「申しわけございません。このようなことになったのは、わたくしがご報告を怠ったせいです」
 そして、震える声で頭を垂れる。
 エリュゼにユニカを迎えに行くよう命じた時、彼女が一瞬顔を引き攣らせたことを思い出した。単にディルクの唐突な命令から不安を感じたせい――と思っていたが。
「報告とは?」
 ちりちりと理性を焦がす炎の気配を感じながら、ディルクは努めて冷静に訊いた。それがかえって声を低くさせてしまう。
「コルネリア・シャプレが茶会の招待状を持ってきた時、あの者はユニカ様を脅して、茶会に出ることを強いたのです」
「脅しただと?」
 穏やかではない話だった。ディルクは思わずエリュゼに向き直る。
「コルネリアはユニカになんと言ったんだ」
「ラビニエの父であるジンケヴィッツ伯爵は、軍の要職にある、と。ですから……」
「茶会に出て、ラビニエに媚びを売っておかねば俺の職務に差し障りが出るとでも?」
「おおむね、そのようなことを」
 あり得ない。ジンケヴィッツ卿は己の職務に誠実な男だ。宮廷と関係ないところにいる娘の言葉などでユニカを評価することはないだろうし、ディルクの私生活を理由に自らの職責をおろそかにしたりもしない。
 そう言いかけて口を噤む。そんなことはエリュゼもユニカも知るはずがないのだから。
 だが、それで一つ思い当たることがあった。
「ユニカが茶に何か入れられていることに気づいても飲もうとしたのは、そのせいかもしれないな」
 ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。そう考えたのだ、きっと。
 そして、少し妙なもの≠入れられたくらいなら、自分の身体なら我慢すれば済む、とも思ったのだろう。

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