秘密の報復(10)
* * *
ユニカが休む一室に入ると、一番に目が合ったのはエリーアスだった。腕を組み立ち尽くしていた彼が振り向いた途端、その瞳に火花が散ったように見えた。
寝台のそばにいた彼は黒い影が滑るようにディルクに迫り、ナタリエが止める間もなくディルクの襟を掴む。殺気立つエリーアスの腕を避けられなかったわけではないが、彼が言いたいことは分かっていたので、ディルクはあえて動かなかった。
「半端なことをしやがって。あんたはユニカを守るためにそばに置くと俺に言ったはずだ。女どものいじめは別だなんてのはなしにしてくれよな」
閉めたばかりの扉にしたたかに背中をぶつけながら、誰も連れて入らなくてよかったと思った。騎士達にこんな暴力を見られ騒ぎになったら、せっかく手を結べたエリーアスとの関係までもが白紙になってしまう。もっとも、今回のことでエリーアスのほうから手を切られてしまう恐れもあるが。
背筋にじんと響く痛みを堪えながら、ディルクは目を伏せた。
「申しわけない。返す言葉もありません」
沈痛な面持ちで詫びると、なおも胸ぐらを掴んでいたエリーアスの手をナタリエがそっと退かせる。
「エリーアス、いくらお前が王家の臣下ではないといってもやり過ぎだ。頭を冷やせないのなら帰りなさい」
エリーアスはナタリエの手を振り払い、消沈したディルクを押しのけ、さらには一瞥もくれずに出ていった。
「どうかお許しください、殿下。わたくしは施療院で仕事をしていたのですが、報せがあった時にたまたまあれも居合わせてしまいまして……」
ユニカがディルクのところで暮らし始めて以降、エリーアスはユニカの前に現れないばかりか、ろくに便りも寄越していなかった。彼と連絡を取り合っていたディルクはエリーアスが無事に導師へ昇格したことを知っていたが、ユニカは知らない。
彼は、王のほかに唯一、ディルク達の――大公家の思惑を知る人物だ。もちろんディルクが明かした。エリーアスならユニカを守るために協力してくれる、いや、協力せざるを得ないと踏んでのことだ。
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