天槍のユニカ



秘密の報復(9)

 大声を咎められるくらいに、ユニカの部屋はすぐ近くのようだ。
「ユニカに会えますか。顔を見るだけでいい」
「ご案内しましょう」
 ナタリエは呆れたようなほっとしたような顔で笑い、踵を返した。ディルクはそれに続こうとしたが……。
「王太子殿下」
 静かなのに無視して立ち去ることのできない響きの声で呼び止められ、振り返った。
 その声が誰のものであるかに気づいていたので、ディルクは淡々と相手を見つめ返す。
 気味の悪い夕陽も沈む間際。薄暗くなってきた廊下にはすでに火が点されていたが、それでもその男の顔は暗い陰に覆われていた。
「残念なことになったな、ジンケヴィッツ卿」
 ディルクも静かに呼びかけた。
 ラビニエの父であるジンケヴィッツ伯爵は、ディルクにとっては大切な部下となっていくはずの人物だった。
 跪く彼を見下ろし、ディルクは掛ける言葉を探す。だが、見つからなかった。
 まだ警吏からはなんの報告も受けていないが、ヘルツォーク女子爵がラビニエ本人から聞き出した話によれば、あの娘は人を死に至らしめる行為に及んだ。殺意があったにしろなかったにしろ、ラビニエが実行犯なら、父親の連座は免れない。
「このたびは、娘が犯してはならぬ過ちを犯しました。殿下の大切なお方を危険にさらし、また公女殿下の御前での狼藉……お詫びのしようもございません」
 ジンケヴィッツ伯爵の口から出た言葉に、ユニカを蔑む雰囲気はなかった。
 伯爵はもとよりそういう男だ。ディルクがユニカをそばに置くことを内心でどう思っているかは分からないが、人を悪し様に言うことはしない。そういう人柄に集められる人望を買って、新たに引き入れた人材だったのに。
「残念だが伯爵、卿に求めねばならないのは、詫びではなく法にのっとった償いになるだろう。卿の娘にも、然るべく」
「覚悟してございます」
「裁きは公正に行う。それだけは約束する」
 跪いた伯爵がさらに頭を垂れると、ディルクは靴音を立てないように踵を返した。
 公正になどしたくなかった。ディルクの大切なものを傷つける相手に。しかし、ディルクがこの臣下にしてやれることはそれだけだったので、仕方がなかった。

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