天槍のユニカ



秘密の報復(8)

 それでも、万が一≠ェ起こってしまった今日、考え得る治療を行ってくれたナタリエには無量の感謝があるばかりだ。
 臣下に頭を下げるわけにはいかないのが、こういう時には不自由だ。ディルクはゆっくりと目礼し、ユニカが休んでいるであろう部屋を求めて廊下へ視線を滑らせた。
「ユニカが何を口にしたのか分かりましたか」
「ラビニエ嬢を問い詰めたところ、ネズミを駆除する薬を砂糖に混ぜたと言っておりました」
 ナタリエが不愉快そうに言う。ディルクは目を瞠り、次いで湧いてきた感情で目の前が真っ白になった。
「ユニカが害獣(ネズミ)だとでも言うのですか!」
「比喩で済めばよかったのですが」
「まさか、本当に殺鼠剤を――」
「砒素を含む殺鼠剤でした。公女殿下が確保した証拠品から検査は済んでおります。それをスプーン二杯、ユニカ様のカップに入れたそうです」
 医官が頷くのを見て、ディルクはやり場のない怒りを鎮めるためにぐしゃりと前髪を掻き上げた。
 ここにラビニエがいなくてよかった。当人がここにいたら即座に手討ちにしていただろう。ディルクは足元に視線を落としたまま、黙って唇を噛んだ。
 嫌がらせというには危険すぎるいたずら、それもあまりに不愉快な例え。だが、古来から王侯貴族の暗殺に用いられてきた毒薬入りの砂糖を、十五にもならない娘が何の恐れもなく無防備に扱うだろうか。
 ラビニエは、あくまで比喩のつもりだったのではないか。そして入っている薬の正体は知らなかった。気分が悪くなる程度の薬だと思っていたのではないか。
 ラビニエの取り巻きに、いたずらのつもりではない者がいた?
 その時、ディルクの脳裡にはコルネリアの名前が浮かんだ。会ったことはないのでどんな娘か知らない。しかし、彼女は恐らくディルクに∴ォ意を抱いている。
「人に飲ませるものではないことは重々言い聞かせておきましたが、このようなことにいたった経緯については、殿下がお遣わしになった警吏が取り調べを行っております。お話しをお聞きになるのならば、どうぞ西館の方へ。くだんの令嬢達を拘禁しているとのことですので」
 ナタリエは暗に「大声を出すな」と言いたいらしい。ディルクの背後に続く廊下は迎賓館の西館――今は滞在者がおらず空いている――に続いており、ナタリエは顔をしかめてそちらを指さした。

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