天槍のユニカ



秘密の報復(7)

 何ごともなかったように威厳のある声でラヒアックが言うと、ルウェルはつまらなさそうに肩を落とした。
「なんだ、ディルクがお出かけじゃないんだ」
 ハルトヴィヒ隊に紛れて城を降りようか――という考えがちらりと脳裡をよぎったが、肘掛けの端を強く握ってその欲求を抑えこむ。
 のちに少なからず人々の口に上るであろうこの事件において、自分が王太子らしからぬ行動をとったという事実は残すべきではない。事態の収拾とユニカの警護は派遣する隊とクリスティアンに任せよう。しかし。
 ハルトヴィヒ隊とともに伯爵邸へ戻ると言うカーリンを送りだしたあと、ディルクは席へ戻ってうなだれた。
 ユニカに何か起こった時、真っ先に駆けつけられないようでは、手元に置いた意味がない。

 

 ユニカに再会できたのは、意識のない彼女が王城の迎賓館に運ばれてからだった。
 夏の夕暮れも終わりへ向かおうという時間。斜陽の色はいやに濃く赤い。東の空は青い闇で、視界が悪いと感じる黄昏時だ。
 城の閉門時間も過ぎていたが、ディルクは王太子の準正装で内郭から降りてきたので、兵達はかしこまり易々と門を開けていってくれた。
 到着を知らせると、真っ先に現れたのはヘルツォーク女子爵ナタリエだった。つい今までも何らかの処置にあたってくれていたのか、尼服のような飾り気のないドレスの袖をまくり、素手もあらわだった。
「炭を溶かした水を飲んでは吐いていただきました。それ以外にできる処置はございません。ユニカ様は朦朧としながらも頑張ってくださいましたよ。相当お疲れになったでしょうから、今はお話しになれないでしょう。お身体に回ったであろう毒の影響もおありかと。これについては、わたくしにはなすすべがございません」
 簡潔で、言い訳も一切含まないナタリエの言葉に頷き返す。
 当代指折りの医官であるヘルツォーク女子爵を侍医に任命したが、それは彼女の腕を頼ってのことではない。何しろ侍医をつけられたユニカが、普通に暮らしていれば医師など必要としない身体で、万が一何かが起こっても、薬での治療もできなければ傷を縫うこともできない。

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