秘密の報復(6)
顔を伏せたラヒアックがどんな表情をしているのかは分からなかった。それでも、その言葉には痛切な震えがあると分かる。
そして、やはり正論だった。
閲兵式を放り出したディルクを王がどれだけ厳しく叱ったか――あの時もユニカのことが絡んでいた。
再びユニカのために王太子がいるべき場所を空けたらどうなるか。
ディルクのすべての事情を知っている王がどう思うかは分からない。しかし、周囲にはこう見えるだろう。
王太子は『あの娘』のこととなると見境がなくなる、と。
事情を知らないラヒアックもそれを恐れ、今度こそディルクが処罰されることを危惧しているのだ。
ふた呼吸する間にそれだけのことに思いを巡らせ、ディルクは机の上で拳を握った。
それは避けねばならない。今、自分以上にユニカに悪評がつくことは無視できなかった。
同時に熱くなっていた目の奥から急速に熱が引いていく。副官が言うとおり、頭に血が上っていたのだ。
「わかった」
「殿下のお気持ちは、お察しいたします。無礼を働きました。事態が落ち着きましたら、なんなりとご処分を」
「それには及ばない。止めてくれてありがとう、ラヒアック」
顔を上げた近衛隊長の表情を見れば、彼がディルクの気持ちを察してくれているのは嘘ではないと分かった。
ラヒアックは「ユニカが寵姫に過ぎないのだから行くな」とは言わなかった。この男は『天槍の娘』としてのユニカを知りすぎているはずだが、ディルクのユニカに対する想いを汲んでくれてはいるのだ。
どこまでも公人であることを求められるディルクにとって、ほかならぬ副官が個人的な感情を認めてくれていることが素直にありがたかった。意外すぎて冷静になれるほどに。
「カミルが血相変えて呼びに来たけど、何? お出かけ?」
ルウェルがひょっこりと現れたのは、ラヒアックが立ち上がった時だった。王太子にとっても近衛隊長にとってもあまり格好がよくない場面は見られずに済んだ。
「ハルトヴィヒ隊を呼び出せ。警吏三名とともに第二装備でジンケヴィッツ伯爵邸へ向かわせる」
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