天槍のユニカ



秘密の報復(5)

 考えるだけ焦る。治療はヘルツォーク女子爵に任せるしかないにしても、今はとにかくユニカの身を守ってやらねば。何しろ、ユニカに毒を飲ませたものが同じ屋敷の中にいる状態だ。
「カミル、出かけるから支度をしろ。ルウェルにも声を掛けてくれ」
「はいっ」
 おろおろしながら話を聞いていたカミルが裏返った返事を残して執務室を出ていった。ディルクもそれに続こうとしたが、行く手を近衛隊長のラヒアックに阻まれた。
「どけ、ラヒアック」
「ジンケヴィッツ邸へ赴かれてはなりません、殿下」
 険しい顔で押しつぶすように見下ろしてくる副官を睨み、ディルクは一歩彼へ迫った。
「卿は、自分の妻子が同じ目に遭っても駆けつけないのか」
「私の役目は王城にあって陛下と殿下をお守りすること。お許しがなければ、何があっても職務を離れることはございません」
 ラヒアックの断固とした正論に舌打ちする。だが、彼ならそう言うだろうとも思っていた。ディルクは構わず彼を避けて行こうとするが、ラヒアックも譲るつもりはないらしい。彼はディルクの腕を掴んでまで引き留める。
「放せ。今なら罪は問わないでやる」
「例え罰を受けることになっても、私は殿下をお止めします」
 ラヒアックはディルクの腕ばかりか肩をも掴み、思いがけない乱暴さでディルクを執務机の椅子へ引きずり戻した。
「なんのつもりだ! 卿に私の行動を止める権限など与えていないぞ!」
「お鎮まりなさい。そのように頭に血が上ったお顔で兵の前へ出るおつもりですか」
 大柄な武人であるラヒアックがディルクを押さえつけようとする力は相当なものだったが、低い声で言われ、自分もなりふり構わず彼の腕を引き剥がそうとしていることに気がつく。
 はっとしたディルクの力が緩むのを確かめ、ラヒアックはようやく腕を解いてその場に跪いた。
「殿下のお役目は陛下とこの国を守ることであったはず。そして殿下は、一度そのお役目を放棄なさって陛下のご不興を買いました。あの時、殿下は賜ったお役目を二度とおろそかにしないと誓ってお許しを得たのですよ。誓約を嘘になさってはいけません。でなければ、殿下のなさる約束も誓いも、今後一顧の値もないものになってしまいます」
「……」

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