天槍のユニカ



秘密の報復(3)

「ばかな……」
 伯爵は荒らげかけた声を呑み込み、しかし次の言葉に窮して拳を握る。身内のことを思えば感情的になりかけるが、彼はそれを抑え、事実を確かめることの必要を思い出したらしい。
「こちらから王太子殿下に使者を立て、近衛を寄越していただくつもりでおります」
「近衛? この程度のことで、王家の兵をこの屋敷に入れよと申されるのか!」
 とはいえ、都における領地として認められている屋敷に他家の――王家の兵を入れることは、やはり受け入れがたいだろう。その気持ちは曲がりなりにも侯爵家の当主であるクリスティアンにも分かる。領地とは、主君から安堵されたものであっても、紛れもなく貴族のもの。取り上げられたわけでもないのに、そこへ主君が干渉してくることは許容できないのだ。
 それでも、彼はよりましな選択としてディルクが寄越す兵を受け入れねばならない。
「公女殿下がいらっしゃるテーブルで起こった出来事である以上、この程度≠ナ済むかどうかを決めるのはしかるべき機関です。そして、それを決めるにあたってはご息女だけではなく、今日の茶会に参加した令嬢方にも取り調べを受けていただきます。伯爵には、参加なさった令嬢方を屋敷に留め置くようご協力いただきたい。さもなくば全員を王城へ連行せねばなりません」
 伯爵のうろたえようは、公女レオノーレが今日の茶会にいたことを知っていたのか怪しいと思えるものだった。
 いや、知っていたならば伯爵は挨拶に来ただろうし、シヴィロ貴族の正式な挨拶ならレオノーレも公女としてそれを受けたはずだ。
 その儀式があれば、牽制となりラビニエも愚かなことをせずに済んだかも知れないが、過ぎたことを考えても仕方がない。
 ジンケヴィッツ伯爵が王家の兵を招き入れないために令嬢達を王城に差し出したとあれば、彼女達の父兄から矢玉のような憎悪を浴びせかけられることになる。
 頷くしかない伯爵の苦渋の表情を前に、クリスティアンも思わず肩を落としかけた。
 ラビニエやその取り巻きが何をしたのか知らないが、狙いははじめからユニカだったはずだ。そのことが取り調べではっきりしたとしても、あのユニカ≠ェ倒れるほどのものを飲ませたのだから、嫌がらせでは済まない話になるだろう。
 殺人は貴族の間でも重罪。未遂であっても。

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