無価値な涙の跡(20)
何か愚痴をこぼしていたらしいエリーアスが、むっとした口調でユニカを呼んだ。無視されていたことに気づいたようだ。
「あ、ええ、なに?」
「聞いてなかったんならいいよ、一人で食うし」
ぼんやり聞こえていたエリーアスの言葉を要約すると、城門をくぐってからこの部屋に辿り着くまで、様々なところで身分を確認されるから一時間もかかる、ということだ。おかげで買ってきた土産が冷めたとも言っていた気が。
エリーアスはアマリアの街の屋台で買ってきたパンに憤慨しながらかぶりついていた。
とろけるほど煮込んだ鶏肉が包み込んである、庶民の昼食の定番のパンだ。エリーアスの好物でもあるらしく、時々ユニカにも買ってきてくれた。クレスツェンツと三人で食べたこともあった。
「半分だけちょうだい。朝ごはん、食べていないし、お腹がすいたわ」
本当はまだこういう重たい食事は胃が受け付けないと思ったが、エリーアスの厚意の分だけでも囓っておきたかった。
エリーアスはユニカのために買ってきたパンを半分に割りながら、彼女が昨日まで寝込んでいたことをやっと思い出したらしい。元気づけねばということばかり考えていたのだろう。彼は少し申し訳なさそうにパンを差し出してきた。
「無理に食わなくていいぞ……」
「ううん」
やはり今日はあまり美味しいと感じられなかったが、それでも彼の心遣いは嬉しかった。
いつか、エリーアスには言える日がくるだろうか。
あの夏のこと、ユニカが覚えている最後の日のこと。養父とキルルの、最期の瞬間のこと。
ふとそんな考えも過ぎったが、同時にローデリヒとテリエナの顔が思い浮かぶ。
エリーアスにあんな目で見られたら。
その想像の恐ろしさは、ディルクの声を思い出しても収まらなかった。
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