天槍のユニカ



無価値な涙の跡(19)

 上質な綿を敷き詰めた箱に薄紫の絹を敷いて収められていたのは、金の土台に大粒のサファイアを据えたティアラだ。サファイアには少し離れると石自体が薔薇のように見えるという特殊な加工が施され、周りには緑や白の色硝子が散りばめられている。ユニカの黒髪によく映えるだろう。
「ツェンが……王妃が用意していたようだ。プラネルト伯爵が預かっておったわ」
「指輪もですか」
「いや。そちらは王妃のものを着けさせよう」
 ディルクは渡されたもう一つの箱の中身も確かめる。ディルクの左手に収まるのと同じ、サファイアの盾に金で有翼の獅子紋を象嵌した王族の身分を示す指輪だ。
(嫌がるだろうな)
 これを着けろと言われた時のユニカの顔が目の前にあるように想像できた。説得するのに骨が折れそうだと知っていたから、王はこれをディルクに押しつけたのだろう。

 
* * *


 ユニカは衛兵に守られながら東の宮へ戻り、部屋へ着くなりエリーアスが訪ねて来たので少しひやりとした。自分が殺した≠ゥも知れない相手の肉親に会いに行っていたなどと彼が知ったら、きっと怒るに違いない。そしてその怒りの矛先はディルクに向けられるだろう。
 それはさすがに申し訳ないと思った。王太子は――きっと何か思惑があってのことなのだろうが、ユニカを悪いようにはしない。あの冷たい霊廟の中まで迎えに来てくれて以来、気がつけば不安な時はいつも彼に手を握られているような気がする。
 私を守ろうとするなんて、もの好きな人だわ。
 テリエナとあの騎士のことは気がかりだし、自分に宿る力が歪めるものの大きさを思い知った瞬間の胸の痛みは、何度でもよみがえる。
 しかし、
『大丈夫』
 微笑みながらきっぱりと言ったディルクの顔を思い出すと、混乱しそうになる頭を落ち着けることが出来た。
「おい、ユニカ。聞いてないだろ」

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