天槍のユニカ



無価値な涙の跡(18)

「仮病を使うということか」
「そうです」
「あまり、演技には自身がない」
「あからさまでもよいのですよ。陛下がもう座っていられないとおおせであれば、無理に朝議を続けるわけには参りますまい」
 うむ、と頷くものの、王はやはりディルクの提案を歓迎していなさそうだった。この人はそんなに嘘をつくのが嫌なのだろうかと思いながら、ディルクは話を進めていく。
「それからもう一つ、ブレンナイス侯爵家の処遇についてなのですが」
「この件はそなたに全権を委ねると言ったはずだが」
「ならばご報告まで。ヘンリック・ブレンナイス並びにローデリヒ・ブレンナイスは、この件の収束後、アマリアを追放、地方領に永蟄居を命じます。ブレンナイス家の地方領は王太子領に隣接しているので監視も容易ですし、不穏な動きがあれば王太子領に駐留する軍を派遣することが出来ます。将来、ヴィーラント・ブレンナイスの爵位の継承を承認するかどうかは、その時の判断でよいと考えます」
 王は頷いただけだ。近衛隊長時代のヘンリックのことはよく知っているだろうが、同情する様子はない。死罪ではなく永蟄居という処分が妥当だったのだろう。
 ブレンナイス元将軍はこの件に荷担してはいなかった。しかし、ローデリヒが大恩ある義父に黙ってその顔に泥を塗る真似をするはずもなかった。どこかの時点で義父には自分がすることを伝えていたようだ。
 ヘンリックはそれを黙認したばかりか、一族そろって地方領へ逃亡する準備をしていたのだから、彼にも罪を問うのは当然だ。
 ヘンリックが女婿の復讐を黙認したのは、ローデリヒの実父ディールスが、ヘンリックの友人だったからだそうだ。どのような交流があったのかつぶさに聞くほどの興味はないけれど、ヘンリックもまた、会ったこともないユニカを憎む人間だったのだろう。
 掘り返せばどれだけユニカを憎む人間がいるだろうか。
 だが、虚しい恨みだ。今さらユニカに復讐してどうなるというのだ――そんなことを言える資格は自分にないと知りながら、ディルクは顔も知らない人々のことを冷たく嗤う。
「娘へ、これを渡しておいて貰えるか」
「もう準備が? 早いのですね」
 話を切り上げようとした時に王が手ずから差し出してきた箱の中身を確かめ、ディルクは訝しげな顔をした。作るのに半年かかってもおかしくない代物だった。

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