レセプション(9)
ことが説明したとおりに収まり、外務卿は満足げだった。彼は額に浮いていた脂汗を密かに拭いながら行列が先に進むよう促した。
人目に付かずドンジョンへ行くなど、土台無理である。
結局は使用人通路を通り、時々出会う兵士には案内を買って出た侍女が媚びを売って物見台へとあがってきた。ユニカは自分に向けられる好奇と畏怖の視線を感じつつ歩くしかなく、ここへ来るまでに疲れ切っていた。
しかも、侍女たちは小躍りしながら使節団の一行を見下ろしていたが、肝心の公子は輿についた天蓋に阻まれて見えない。
なんだ、つまらない。ユニカは溜め息をついて窓を離れようとした。
そして「まずい」と思ったときにはもう遅かった。窓枠に引っかかったストールがするりと腕を離れる。掴むのが一瞬遅れたのは雷が上空で弾けたせいだ。
思わず身を乗り出して手を伸ばしたが間に合わない。それどころか天蓋の下から覗いた公子の目に、ユニカの姿はしっかりと映ってしまった。
ざわつく門の下の声を聞いて、侍女たちは色を失っていた。ユニカも焦る。
壁にぴたりとくっつき隠れながら、彼女は努めて冷静になろうと深呼吸をして思考を回転させる。
ユニカは、いてもいいがいると悟られてはいけない存在だった。誰もが見て見ぬ振りを出来るように、そこにいたという痕跡を残してはならない。持ちものを残すなどもってのほかだ。
しかしストールは落ちていってしまった上に、どうやら公子の手に渡ってしまったらしい。
ユニカの事情を知らないであろう彼らに興味を持たれては困る。この城の誰もが知っている、ユニカの存在を無視する必要性を覚えてもらうまで、彼らにとってユニカはいないものでなくてはいけなかった。
思わず舌打ちしそうになる。ドンジョンに来るのは危険すぎると、どうしてすぐに思いつかなかったのか。ユニカは退屈に飽いて判断を間違えた自分を心の中でなじった。
しかし今は物的証拠を回収するのが先だ。
ユニカはじろりと侍女たちを見る。どうする、どうしようか。取りに行かせるのは簡単だが、公子に姿を見られてしまった。誤魔化すには、どうすれば。
侍女を順々に見つめ、ただ一人、髪の黒い娘に目を留める。ドンジョンへ行こうと言い出した者だった。
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