天槍のユニカ



レセプション(8)

「何が困るのですか? 先ほどの女性にお会いして直接お返ししたいだけなのですが?」
「ディルク様が直にお会いになる身分の者ではございません。さあ、それをお渡しください」
 無礼も承知のようだが、外務卿は手を伸ばして催促してくる。ここまでなりふり構っていられないのはかえって不自然であることもすっかり思考から吹き飛んでいるようだ。
 しかしディルクが頑として譲らないのも不自然なのである。なかなかいい機会だったが、ここまでか。そう諦めてディルクがストールを差し出そうとしたところ。
「あの……」
 門の物見台から降りてきたと思しき娘が、一行に怖ず怖ずと声をかけてきた。
「このようなところで何をしている!」
 外務卿に怒鳴りつけられ、娘は肩をすくめる。
「申し訳ございません。ご使者の方々をひと目見たく……」
 娘は女官であることを示す薄桃色のスカーフを首に巻いていた。作業の邪魔にならないよう結い上げてあるはずの髪は解かれている。黒っぽいが、茶髪だ。
 ディルクは目を細めて娘を観察した。門の上にいた女ではない。
「無礼な。ご使者の方々の頭上で何をしておるか!」
「チーゼル卿。見物くらいどうということはないではありませんか。我々が珍しいのも本当のことです。あまりきつくお叱りにならないよう。ところで、これはあなたのものか?」
 ディルクが問うと、彼女は恐縮しつつ肯く。平然と嘘をついたところを見ると、先ほどの黒髪の女にこれを取ってくるよう命じられた、そんなところだろうか。
「お返ししよう。こちらへ」
 顔を伏せながらやってきた彼女は、ストールを受け取る瞬間にちらりとディルクを見た。不安げな表情だが、それは異性を誘惑せんとする作りものだ。公国を発ってからというもの、行く先々にいる名家の娘たちにこういう視線を向けられてきたが、その程度の色目で心の動くディルクではなかった。
「本当の持ち主にお返し願いたい。それから、藍色のドレスによくお似合いでしたよとも伝えていただけるか?」
 娘の視線は難なく受け流し、ディルクは彼女の耳にのみ聞こえるよう吐息だけで囁く。
 娘はさっと顔色を変え、気まずそうに叩頭してディルクから離れた。
「お騒がせいたしました」

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