天槍のユニカ



繋いだ虚ろの手(19)

「ほかの当主様達が認めてくださらないのです! 女が議場へ出てくることなど……ですから、そちらで無為な時間を過ごすよりユニカ様をお起こしして、お食事をご用意して、お湯浴みのお手伝いをして、病人達の看護をしている方がずっとよいではありませんか」
「そうだろうな。忙しく働いている分、卿は誰かの役に立っている気になれるのだから」
 エリュゼの胸にぐさりと刺さる言葉を吐きながら、ディルクはまた頬杖をついた。右手で優雅に杯を回しながら、中で波打つ葡萄酒を見つめて笑う。
「だが、そうしている内に『プラネルト伯爵』はどうなる。このままでは今のところユニカの唯一の味方である卿の存在も貴族社会から消えるだろう。それでいいのか? ユニカを孤立させないための卿が孤立してどうする?」
「それは、ですが――」
「言い訳せずに聞け。これから審問会の流れを打ち合わせる。卿は必ず議場へ来るんだ。そしてユニカの後見であることを名乗り出ろ。ユニカが王家と臣下に認められた存在であると知らしめることが出来るのは、私と卿だけだ」
「……」
 エリュゼは杯を包み込む両手に力を込めた。出来るなら、形だけではない伯爵家の当主としてユニカを支えたいという気持ちはもちろんある。
 しかし、そうするにはあまりに力がなく、議場から逃げていた節があるのも本当だ。自分が歓迎されていない場所にいるのは辛い。
 本心を認めると、瞼に溜まっていた涙が大きな粒になって葡萄酒の中へと落ちていった。
「分かりました。殿下、どうぞご指示を」
 顔を上げたエリュゼの目つきがまるで変わったことに気づいて、ディルクは満足げに目を細めた。


     * * *

 
 何度目かのキルルに首を絞められる夢を見て、ユニカは目を開けた。
 見慣れない部屋だ。そして暗い。寝台の傍らにか弱く揺れる蝋燭の火が一つだけある。
 悪夢の合間に養父と話した気がする。けれど、それもきっと夢だろう。

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