天槍のユニカ



繋いだ虚ろの手(18)

「平気です」
「もう横になりなさい。本当は明日の朝見て貰おうと思ったんだが、今晩から使うといい。楽に寝られるはずだ」
 ディルクはユニカの身体を支えながら横たえさせた。そして毛布は掛けず、一度寝室から出て行く。戻ってきた彼は、両腕で大きなクッションを抱えていた。ディルクの腕では、ひと回りしないほどの大きさだ。濃緑のベルベットの地に、金糸で唐草模様の刺繍がしてあり、四隅に金の房飾りもついていた。
「私の昼寝用。貸してあげよう」
 その豪華なクッションを、彼はユニカの背中に添えてから毛布を掛けた。左肩を庇い、うつ伏せになるか横を向いて寝ることしか出来ないユニカが、背中を預けて眠れるようにとの気遣いだろう。
 その巨大なクッションは思ったより弾力がなかった。ほどよく身体が沈む。ゆっくりと左肩まで預けてみたが、激痛が走るほどではない。痛みになれれば、これに身体を預けて仰向けに近い体勢でも寝られそうだ。
「ありがとう、ございます……」
 毛布に口元を埋めながら、ユニカは言った。すると何故か、ディルクは軽く目を瞠る。
「そんなにすんなりと、礼を言えることもあるんだな」
「……っそ、れは」
 ユニカが狼狽える顔をよく見ようと、ディルクはまたベッドの縁に戻ってきた。ユニカは毛布を引き上げ隠れようと思ったが、右手一つでは少し遅かった。その手は掴まれ、動けなくなる。覗き込んできたディルクの視線から逃れるために、ユニカはせめてぎゅっと目を瞑った。
 そんな彼女の頬や唇を、何かがなぞっていく。ディルクの指、掌。女性の柔らかい手とは違う。少し筋張った、大きな男性の手。目を瞑っていると、その感触に思い出すのはいつでも養父のことだ。
 ユニカは、突然目を開けた。
 本当に嫌がって怒ったのかと思ったディルクは、すぐに手を引いた。しかし見下ろすユニカは、強い眼差しでディルクを見つめてくるだけで何も言わない。
「どうした、からかいすぎたか?」
「お願いが、あります。“あの騎士”に会わせて頂きたいの」
「“あの騎士”?」
 首を傾げながらも、ディルクの瞳は少しだけ剣呑に光った。惚けているだけで、気づいたはずだ。そう思ったユニカは、更に続ける。
「地下牢を出る時に、私を見ていた騎士よ。彼は誰? 私のことを恨んでいたわ」
「……君が気にすることはない」
「いいえ、訊きたいことが、あります」

 私は、あなたの誰を殺したのか、と。





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