天槍のユニカ



繋いだ虚ろの手(18)

 例えばユニカの刺繍針に毒を塗ったことや、ユニカが飲むお茶の茶葉に毒をまぶしておいたことを。
「殿下、テリエナを捕らえてください。一昨日から非番でお城も降りているはずです。思えばハーブを持ち込むことが最後の仕事だったのかも知れません。誰の命令か、あの娘から色々と聞き出せるかも知れません」
 揺れる灯火越しにエリュゼが見据えたディルクの目は、なぜか機嫌よさそうに歪んだ。
「そこにもトカゲの尻尾があったか」
「え?」
「いや、何でもない。明日の朝一番に手配しよう」
 ディルクも葡萄酒を一杯干し、デカンタを持ち上げてエリュゼと自分の杯を再び満たす。注がれたもののエリュゼは困った。酒には弱い。今飲んだ一杯分がそろそろ効いてきそうなほど弱い。
 けれど王太子に乾杯を求められたのでそれには応じ、一口飲んだ振りをしておく。
「審問会の話に戻すが」
「わたくしがその場にいたとしても、何のお役にも立てないと思いますが……」
 審問会に出るよりユニカのそばで世話をする方がいい。ハーブのことに気がつけたのだって、彼女の周りで目を光らせていたからだ。
 王太子はエリュゼがそう考えているのも見透かしていた。彼は途端に視線を険しくした。
「その考え方を、まずやめろ。卿はプラネルト伯爵だ。王家から領地を預かり、税を集め、都にいては王の執政を支えるのが役目だ」
「そうです、確かにそうなのです。ですから伯爵として王家に仕えているようでは、ユニカ様のおそばにいられないのです。こんなにもユニカ様のお立場は不安定で、いつ誰に何をされるか、不安でたまらないのに」
「それもこの審問会までの話だ。証書≠フことを公表する。その後必要になるのは彼女に政治的な後ろ盾があるという事実だ。王妃様が卿に求めた役目は侍女としてユニカを世話することではなく、王の直臣としてユニカの味方になることではないか?」
 エリュゼは腹立たしいような、悲しいような気持ちになった。目頭がじわりと熱くなったのでぐっと息を止める。
 涙を引っ込めることは出来なかったが、エリュゼは目を潤ませたままディルクを睨み付けた。

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