天槍のユニカ



繋いだ虚ろの手(20)

 なんだか左肩が熱く、心臓の鼓動に合わせて痺れと疼痛が走った。おかげでユニカは思い出した。ここは王城で、毒を仕込んだ刃物で襲われたのだと。
 喉と口の中がからからで不快だった。水が欲しかったが、寝台のそばのテーブルに置いてあるのは燭台と鈴だけだ。
 仕方がない、誰か呼ばねば。
 肩も痛いが、腕も信じられないくらい重かった。けれどユニカはうつぶせに寝ていたので、左手を伸ばすしかない。
 何とか鈴の柄には届いたものの掴むことが出来ず、それは派手な音を立てて転がり落ちた。意図しない形で鳴った鈴の音を聞きつけて駆け込んできたのは、王太子付きのティアナだ。彼女は鈴を拾い上げると、明かりを増やしてユニカの顔を覗き込んでくる。
「みず……」
「ただいまお持ちいたします」
 そう言ったティアナが用意してきたのは水ではなく食事だった。もちろん水も飲ませてくれたが、ただの水ではない。すっと鼻を抜ける薬草の匂いがした。薬が混ぜてあるらしい。
 無駄なことだと思いながら、ユニカは喉の渇きに任せてそれを飲んだ。
「ここは殿下の宮? 私はいつ戻されたの」
「昨晩でございます」
 どうやら丸一日分の記憶が抜けている。何度も恐ろしい夢を見て目を覚ましたのは覚えていたが、時間感覚はまるでなかった。
 左手が痺れてまともに動かなかったので、ティアナが食事の介助をしてくれた。
 用意されたのはよく煮込んだ麦の粥だ。あまり食欲はなかったが、ユニカは口へ運ばれるそれを渋々啜っていた。
 そういえば、兵舎へ駆けつけてくれたエリュゼはいないのかしらと思いながら、ユニカはまた一口粥を飲み下した。
 あの侍女がユニカのもとへやって来た理由をもっと詳しく聞きたかった。
「食事中だったか」
 その時、寝室の扉の前に人影が現れた。王太子の声に驚いたユニカは思わず噎せた。
「おやすみを言いに来たんだが」
 ティアナはユニカの口許を拭くと、素早くその場所をディルクに譲ってしまった。
 彼は寝台の縁に腰掛ける。ティアナがテーブルに置いた粥の器を取り上げて、ひと匙すくってユニカの口許へと運んできた。

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