天槍のユニカ



苦いお砂糖(19)

 かわいそうだが、苦しさのあまり自ら嘔吐くこともできないならこうするしかない。
 ユニカの肩を抱いて支えていたレオノーレは、ささめくような笑い声を聞いて振り返る。
 さっきまで座っていたテーブルには、おろおろするクリスタ、ラビニエとその取り巻きが残されていた。笑っているのは無論、生意気な顔で女主人を気取っている小娘とその取り巻きだ。
「いったい何を入れたのよ」
 レオノーレは燃え上がってくる怒りを隠そうともせず、つかつかとテーブルへ歩み寄った。
 騎士として敵を屠ったことのある人間の本物の怒りだ。分かる者なら、自分が今、命の危機にさらされていることに気がついただろう。しかし幸か不幸か、無知な子どもは多少怯んだだけだった。
「お食事が過ぎたのではございませんか?」
 頭目の強気な姿勢に安心した取り巻き達も、先ほどより控えめながらもくすくすと笑って同調する。レオノーレは今日も左脚にくくりつけてある護身用の剣を思い出さずにはいられなかった。
 抜かずに済んだのは、標的にされたのはユニカで、自分が一方的な力を振るってこの小娘どもを懲らしめればなおさら厄介なことになる、と分かったからだ。
 剣を抜く代わりに、レオノーレは激しくテーブルを殴った。載っていたことごとくの食器が跳ね上がるような強さで。
「何が食べ過ぎよ! 明らかに何かの中毒症状だわ!」
 そして、ラビニエの前に並べられていたシュガーポットを一つ掴み取った。ユニカのカップに入れられた砂糖≠セ。レオノーレは青い花の模様で飾り付けられたそのポットに指を突っ込む。
 ラビニエとコルネリアが腰を浮かせてまで驚くのを横目にそれを舐めた。レオノーレが口にするのは避けたいらしい。彼女らの反応と舌に広がる苦みを確認すると、唾ごとそれを吐き出し、ラビニエが飲みかけていたお茶――このテーブルの上にある中で最も安全なお茶を奪って口をゆすぐ。
「おいしい砂糖≠セこと。でも苦すぎるわね。クリスタ、これを持ってて。大事な証拠だから絶対に放しちゃだめよ」
 レオノーレはシュガーポットをクリスタに押しつける。そして踵を返すと、屋敷に向かって叫んだ。

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