天槍のユニカ



苦いお砂糖(20)

「ヴィル! ヴィルヘルム! ここへ来て!」
 戦場で出すのと同じ声で叫んだので、間近にいた伯爵家の女中などは耳を塞ぐほどだった。当然、会場の令嬢達もすべてが異変を知ったし、屋敷の一室で待機していた騎士達にもレオノーレの声が届く。かくして、いつもレオノーレのそばで彼女を守ってきた公国の将軍は庭へ飛び出てきた。
「御前に、姫様。いかがなさいましたか」
「あの小娘を捕らえて。あたしに%ナを盛ろうとしたわ」
 ヴィルヘルムはレオノーレが指さした先をじろりと見遣る。彼に睨みつけたつもりはないのだろうが、主君に危険を及ぼした者に対する冷徹な敵意は隠しようがない。
 跪いていた壮年の騎士が立ち上がるだけで、ラビニエは小さく悲鳴をあげた。
「違います! 公女殿下のお茶には何も……」
「あたしのお茶には=H それじゃあユニカのお茶には♂スか入れたのかしら」
 ぐっと唇を噛んだあと、ラビニエはいかにも幼げな仕草で隣に座っていたペトラにすがりついた。ペトラも狼狽えていた。それでも、ラビニエと彼女の間にある主従のような関係は本物なのか、頼りにされた娘は近づいてきた騎士を果敢にも退けようとした。
「ぶ、無礼ではありませんか! 伯爵家のご令嬢にみだりに手を触れるおつもりですか!」
 しかし、レオノーレの守護を至上命令として帯びている騎士が、娘達のけなげな友情に同情するはずがない。ヴィルヘルムは厳しく眉間を絞ったまま、ラビニエに向かって手を差し出した。
「我が国の一の姫が危険にさらされたとあっては、無礼を承知でもこうせざるを得ません。無体な真似は望みませんので、どうぞ、その方のお身柄をこちらへ」
 ちょっとした嫌がらせのつもりだったのだろう、まさか公国の将軍がここにいるとは、国をまたぐ問題になるとは思わなかったのだろう。
 突然の、まったく予期せぬ敗北に青ざめるラビニエ達の表情を最後まで確かめもせず、レオノーレはドレスを翻してユニカの元へ戻った。





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