天槍のユニカ



苦いお砂糖(2)

 ユニカはここにいる面々が喜んでくれただけで満足だった。ラビニエのテーブルには、エルツェ家の菓子職人が作ったケーキを運んで貰ってあるが、果実酒は届けなかった。
 レオノーレが「お酒を飲めないお子様がつむじを曲げるんじゃない?」などと言って脅かしてきたからだ。ユニカは悩むまでもなく安全策をとった。
 お子様だと断定したのは、それはそれで失礼ではなかったかと今更ながら思えた。それでも、どう評価されるかに怯えなくてはいけない相手より、純粋に楽しんでくれる目の前の娘達に振る舞えてよかったと思うのは当然だ。
「あら?」
 甘い酒にはあまり興味がないレオノーレは、一口ケーキと鶏肉のパイを交互に食べていた。ところが、ふとその手を止めて隣に座っていたヘレンにすり寄る。
「こ、公女殿下?」
 突然肩をくっつけた上、レオノーレはヘレンの首筋に顔を寄せてすんすんと鼻を鳴らした。
 ヘレンが戸惑い上擦った声を上げると、公女はなんだか妖しげな顔で笑った。
「おっと、ごめんなさい。あなた、なんだかいい匂いがしたから、つい」
「さ、さようでございましたか、恐れいります……」
 ヘレンはやけに近いところから囁いてくるレオノーレにどぎまぎしていた。
 レオノーレは時々、ああしてぺったりくっついてくることがある。ユニカも最初は驚いたが、今となっては慣れた。でもよかった、自分の反応は正常だったようだ。
「ウゼロではね、女同士でも特別仲がいい友達とは、こうやって恋人同士みたいにくっつくのよ。だから、つい」
 そう言いつつ、レオノーレはヘレンの腕に自分の腕を絡ませる。その台詞には、相手への「気に入った」という意味が含まれているように感じた。ヘレンもそう思い照れたのか、女同士とはいえ近すぎる距離に恥じらっているのか、ほんのりと赤くなった。
 しかし、レオノーレの行動はややわざとらしい。本当にヘレンが気に入ったというよりは、彼女がクリスタの友人で、このテーブルに来てくれたからだろう。仲良くなってあげる、という飴をヘレンの前にぶらさげているのだ。
「それにしてもいい匂い。どこで作らせた香水? あたし、これとっても好きよ」
 だが、ヘレンのまとう香りが気に入ったのは演技ではないらしい。レオノーレは再び彼女に鼻先を近づけてうっとりしている。
「ありがとうございます。実は、ラモナさんに調香していただいたものですの」
「ラモナに? へぇ、あなたが作った香りなの?」

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