天槍のユニカ



棘とお菓子(9)

「よかった、ありがとう。先に父君に意見を伺った時は渋々という顔だったから、断られるかと思ったよ」
「そうなのですか? しかし、父も幼い頃から陛下のおそばにお仕えしていたと聞きました。殿下のご意向はよく分かっていると思うのですが」
 ディルクがカイに打診したのは、王太子の秘書官として宮仕えをすることだった。
 ディルクは王家に入ってからこの方、ほとんどの政務を自分と近衛隊長ラヒアックの二人で処理してきた。ラヒアックは武官の頂点にありながら事務方面にも弱くはなかったのでなんとかなった。また、忙しくても生活面を完璧に支えてくれたティアナという優秀な侍女がいたおかげでもある。
 そのティアナがいなくなってからというもの、時々予定していた時間に昼食が出てこなかったり、急な予定の変更でカミルがあわあわしながら走り回っていたりすることがある。
 今のところ迷惑を被っているのは、ディルクと、ともに仕事をすることが多いラヒアックだけだが、ほかの貴族にこういうところは見せられない。大霊祭前に十数件受けた臣下からの接待の予定が、すべてこなせたのは奇跡に近かった。
 それと、特にこのひと月は――ディルクがユニカを宮に住まわせ始めてからは――王から回されてくる政務が増えた。いずれ世継ぎであるディルクが国政のすべてを引き継がねばならないといえばそうだ。そのためにやれるものから引き受けていかねばならないといえばそうだ。しかし、時期が時期だけに、ユニカと過ごす時間を潰してやろうという王の嫌がらせのような気もする。
 その真偽はさておき、予定の管理、部下や貴族達との取り次ぎを、カミルに代わって確実にやってくれる者が必要だと感じ始めたのだった。
「カイだけじゃないというのが気に入らないのかな」
 カイの返事に安心したので、ディルクは背もたれに寄りかかりながらお茶を飲んだ。
 カイが土産に持ってきてくれたお茶だ。エルツェ公爵家領にある茶園のお茶で、春に摘んで加工したというそれは青々とした香りにすっきりとした甘さ、後味の渋さが絶妙だ。汗ばむこの頃の飲みものとしては最適だった。
「それは……あるかも知れません」
 明るかったカイの表情にちらりと不満が浮かんだ。やはりこの少年も公爵家の人間で、少しくらいは自分のことを特別視しているらしい。
 同じお茶を啜る彼のことをカップの縁から眺め、それくらいの意地があったほうがいいとディルクは思った。

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