天槍のユニカ



棘とお菓子(8)

 歴戦の騎士であり公国の将軍の一人でもある彼が公女のおもりをさせられていて、万単位の騎兵を率いる権限もあるのに、おでかけ馬車の後続を守る任務に就いていると思うと少し気の毒だ。しかし、何か≠った時にレオノーレを(ある程度)抑えられるのも、公女と付き合いが長い彼に期待されている役割だった。
 ヴィルヘルムは振り返ったクリスティアンと目が合うと、出発の合図だと捉えたらしい。重々しく頷いてくる。出陣するような覚悟のこもった顔つきだったので、クリスティアンはちょっと気が重くなった。
 先方の意向もあり、ユニカとレオノーレが連れて行ける従者は最小限だ。それぞれの侍女を一名ずつ。近衛騎士が二人と公国の将軍も一人ついてくるのを向こうは煙たがっているだろう。それでも、自分を含めて騎士三名をそろえるのは、何かあった時のために譲れない最低限の条件だったので要望を通した。
 とはいえ、会場に入れない自分達には、先日のようにユニカに飛びかかる女がいても防ぎようがない。エリュゼが一緒に来てくれればな、と思いながら、遣わされてきた案内人の背に続いて、一行を従えたクリスティアンは馬を進めた。


     * * *


 ユニカが迎賓館を出て行った頃、ディルクは執務室にカイを迎えていた。
 エルツェ家の嫡男は姉の顔を見に来たわけではない。ディルクが呼び出したのだ。大切な話だったので、ディルクは仕事の手を止めてカイと向かい合い、長椅子に座った。
 カイは先月の半ばから半月ほど、エルツェ公爵家の領地視察のためアマリアを留守にしていた。昨年に成人と認められたカイにとって、それは父親から与えられた二つ目の仕事だった。ちなみに一つ目の仕事は、ユニカのゼートレーネ行きの面倒を見ることだ。
 直接顔を合わせるのはひと月ぶり、いや、もっと間が空いている。そのわずかの時間に少年はいくらも大人びていた。
 ゼートレーネにいる時に結び始めた髪は、忙しくてまだ切る暇がないらしい。その髪型も大人びて見える原因かも知れない。そう言ったら、歳より背伸びしているところがあるカイは髪を切るのをやめるかもな、とディルクは思う。
「喜んで、いえ、謹んでお受けいたします」
 向かいの長椅子に座ったカイが深々と頭を垂れるのを見て、ディルクは素直に嬉しくなった。カイが仕方なく受けるという表情ではなかったからだ。

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