天槍のユニカ



王城の表裏(16)

 よく分からないが、法衣の男は相当逆上しているようだった。
 彼が伸ばしてきた腕をディルクは剣の柄で払いのける。すると相手はわずかに理性を取り戻した。
 しかし腹を立てているのは変わらない。睨み付けてくる彼に、ディルクは仕方なく愛想のよい笑顔を向けた。
「ユニカのお知り合いか?」
「王族が気安くあの子の名を呼ぶな」
「申し訳ないが今は時間がないのです。あとで彼女にもあなたのことを伝えておこう。とりあえず定刻までお待ちいただきたい」
「あんたに伝えて貰わなくても自分で連絡する! それより、ユニカに王子殺しの疑いが掛かってるっていうのは本当なのか!?」
 男を無視して行こうとしたディルクだったが、その言葉に足を止め、驚きを隠せずに振り返った。
「なぜ知っている」
「陛下に聞いた」
 王が教えた? ディルクは耳を疑ったが、ほかにこのことを知る者はどれほどいるだろう。
 ラヒアック、ユニカを告発した匿名の貴族。エリュゼには、まだ教えていない。
 教会の人間は原則政治の外にいる。戸籍の守護と民の教導が王家から教会に許された職務であり、教会自身も貴族との癒着を嫌う奇妙な体質をしていた。この男が、ユニカの敵側からここへ辿り着いた可能性は低い。
「あなたの名は」
「エリーアス・グラウン。パウル・グラウン導主付きの伝師だ」
「グラウン家のお方か……」
 エリーアスと睨み合いながら、ディルクはしばし考える。
「一緒に来てください。君も。今聞いたことは他言無用だ。いいね」
 二人の脇で縮こまっていた近衛兵を睨み付けると、ディルクは踵を返した。






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