喪失と代償(1)
第6話 喪失と代償
剣を抜いたのはヴィクセルではなかった。
ルウェルは視界の隅を走った白刃に無意識に反応する。
相手より一瞬遅れたものの、ルウェルが抜いた剣は左から彼を斬り上げようとした刃を阻んだ。ぶつかった鋼が白い火花を散らす。
「ローディ……!?」
「王太子に気づかれれば、じきに魔女は保護されてしまいます。ヴィクセルさん、あなたになら譲る」
感情を押し殺したローデリヒの言葉に、唖然としていたヴィクセルは我を取り戻した。ベルトに吊していた牢獄の鍵の存在を思い出し、それを外しながら長剣で競り合う二人のもとを離れる。
「まじかよ!? 冗談で言ったのに! ユニカを殺そうとしてるのってお前らなのか!?」
「あまり時間がない。黙って見ていていただくわけにはいきませんか」
「無理。命令だからな」
ローデリヒはルウェルの剣を払い上げ、続けて逆袈裟に斬撃を打ち込んできた。防がれ、剣を弾かれた勢いで身体を反転させ刃を水平に薙ぐ。
ルウェルはそれを飛び退いて避ける。しかしヴィクセルのあとを追うことが出来ない。今の二手でローデリヒと立ち位置を入れ替えられたせいだ。
ユニカのいる監房を背にしたローデリヒは剣先をルウェルに向けて構え直した。
「剣を私闘に使うなとか言ってなかったっけ」
「王家に捧げた剣は右手で持つものです。私の場合は、もう使えません」
「右でも左でも一緒だと思うけど」
「いいえ、違います。皆で一斉に剣を掲げた時、私だけ左持ちでは美しくないでしょう。近衛とはそういうものです」
「なるほどね、お前ならこだりそう」
「左利きだということには驚かない?」
「まぁね。人目があるところじゃさも利き手が使えなくて難儀そうにしてたけど、着替えやら火の扱いやらは上手かったから。ああ両方使えるんだろーなって思ってたよ」
ルウェルが気怠げに言うと、ローデリヒは口許だけでくすりと笑った。
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