天槍のユニカ



見えない流星(20)

 それを! 侍女の見ている前で!?
 いい加減瞼がひりひりしてきたので手を止めたが、そのまま掌で顔を覆う。
 ふざけた真似をしてくれる。
 だからフラレイはにやにやしているのだ。自分はディルクに名前を覚えて貰えた上、仕えているユニカに対して彼が親密な態度を取っている。もしユニカとディルクが特別な関係ならば自分にもきっとよいことがある。そう思っているからに違いない。
「私は殿下の愛人ではないの! 勝手に寝室に入れたりしないで!」
 誤解は広がる一方だ。顔を洗う準備をせよと命じてフラレイを追い払うと、ユニカは腹を立てながらディルクの手紙を開いた。
『可愛い眠り姫へ』
 宛名を読んだだけで便箋を破きたくなった。が、ぐっと堪えて本文を読む。
『私の侍女たちに君の世話を言いつけてあるので、なんでも命じるといい。『ロマサフ』は明日の午前に届くそうだから続きはもう少し待って。退屈だろうが外出はしないように。エリュゼが迎えに来るまで大人しく部屋で待ちなさい。君の警護のために騎士を一人つけておく』
 最後まで読んで、ユニカは大きく瞬きをした。何か読み落としがあるのではないかと思いもう一度文字を追ってみる。
 しかし、手紙の中にユニカの昨夜の発言に言及する文言は一つもなかった。
(話を聞いていなかったのかしら……)
 そんなはずはない。彼は間違いなく驚いていた。
 手紙の最後を結ぶディルクのサインを、ユニカはそっと指で撫でた。以前、本と一緒に送られて来たカードと同じ字だ。
 重大な告白を聞き流されたという虚しさは少しあったが、それより、ユニカはディルクの態度が変わっていないことにほっとしていた。
 突き放すために言った言葉だったし、彼が何ごともなかったようにしていることは不可解ではあるけれど。
 次にユニカは、王からの手紙の封蝋を割った。こちらの手紙もさして長くはない。いつも通り簡潔に書かれている用件は二つ。
 昨日、西の宮へ近衛兵が捜査に入ったいきさつはまだ分かっていないことの報告。そして、午後からユニカに来客があることだった。

- 273 -


[しおりをはさむ]