天槍のユニカ



剣の策動(21)

「あ! 俺の飯、確保しといてくれよな。レモントの奴が全部食っちまう」
「了解だ」
 同室のルウェルの依頼を気前よく受け、彼はひらりと手を振った。扉の前でもう一度敬礼して、執務室を出て行く。
 困惑するラヒアックを横目に、ディルクは頬杖をつきながら呟いた。
「ライナが嘘を吐いているとは思えないな」
 しんと静まりかえっていた部屋に、その声は大きく響いた。
 ラヒアックは意外そうにディルクを見下ろした。何かと不満を漏らすことが多く、正直、ライナの小隊長としての働きはそんなに評価できるものではない。ディルクがその彼の肩を持つことに驚いたのだ。
「ラヒアックの命令ではないと言われたときの焦りよう。それに、第三者の名前を出してまで嘘を吐くより、初めから自分の隊ではないと白を切る方がよいはずだ。西の宮では侍女達とユニカ本人のほかに目撃者もいないのだから」
「ですが、ローデリヒがいつわりを言うとも考えられません。あれは、実直で忠誠心も厚く、近衛の中でも模範的な騎士です」
「では、嘘つきはライナか?」
 ディルクがわざと意地悪く言えば、ラヒアックは息を詰まらせる。自分の育ててきた騎士が可愛くて仕方がないのがよく分かる。
「命令書もすでに消失していると考えた方がいい。明日はライナ隊の兵にも話を聞こう。ライナとローデリヒの話だけでは水掛け論になるだけだ。ほかの鍵が欲しい」
 強く追求する方法はいくらでもある。しかし、証拠がそろっていないうちにあまり強硬な手段に出ては後々こちらが叩かれる。ライナはあれで高官の息子。ローデリヒの義父も前近衛隊長として未だに軍への発言力を持っているからだ。
 そして、まだこの国へ来たばかりのディルクがとる強硬手段は、時機を間違えば貴族達の目にはただの横暴としか映らないだろう。誰もが納得する美しさが必要だった。
 目の前で揺れているトカゲの尾に食らいつきたいのは山々だったが、今はそれが千切れることのないよう、慎重に掴むのが肝要である。
 そうやって獲物を狙う焦れったい時間は久しぶりで、決して悪いものではなかった。






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