天槍のユニカ



剣の策動(19)

 それでもユニカを手放さなかったのは、養父がユニカの辛い記憶をすべて奪ったからだ。
 もしかしたら、ほんの少しくらいは両親との間にいい思い出があったかも知れない。辛くても、ユニカが忘れたいと言ったことは一度もない。
 それを、アヒムは一人の判断ですべて忘れさせてしまうことを選んだ。奪ったものの代わりに、自分がすべてをかけてユニカを満たすと誓って。
 養父の選択に愛情がなかったはずがない。だからユニカは、養父の日記を読んで初めて自分に二親の記憶がない理由を知ったが、養父を恨もうとは思わなかった。
 むしろ、若くしてこんなに重たいユニカを背負ってくれたことにひたすら感謝と愛おしさを覚えるばかりだ。
 それに対して自分がしたことといえば、炎で何もかもを灰に変えることだった。
 養父との思い出はみんな焼いてしまったと思っていた。だからクレスツェンツの死後、思いもかけない形見が届いて、嬉しかった反面戸惑った。
 こんなものが手の中にあったら、私は弱くなってしまう。
 養父に頭を撫でて欲しくなる。
 抱きしめて欲しくなる。
 もうその人はどこにもいないのに。
 敵ばかりの私は、いったい誰に、この切なさを癒やして貰えば。
 だれか となりに そばに


 
 ユニカは髪を撫でられる感触に気がついて跳ね起きた。
 室内は真っ暗になっていた。暖炉の火もか細くなっていて肌寒い。
 暗闇にひとしいその中できらきらと光っている双つの目。暖炉の火を映し込んだディルクの瞳だった。目が慣れてくると彼の髪や輪郭がぼんやりと見えてくる。
「また泣いていたのか?」
 大きなクッションに身体を預けて、ユニカはいつの間にかうとうとしてしまっていたらしい。ディルクはユニカの隣に座り、労る手つきで乱れた髪を、そして涙が流れ続けている頬を撫でてくる。
 ユニカは慌てて顔を反らした。足許を見れば、膝に乗せていた黒檀の手箱が絨毯に落ちて中身が飛び出てしまっている。それを拾い上げようと腰を浮かせた途端、後ろから強く抱きしめられ、再びソファに引き戻された。

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