棘とお菓子(7)
エリュゼもユニカにつきっきりだったのだが、彼女はもちろん商人と親しく言葉を交わしたりしなかった。それが身分というものだ。
その点、あの仕立屋は確かに図々しかったが、ユニカとの再会の現場を見たクリスティアンには事情が分かるし、自分の任務はあくまでユニカの護衛であるから、あの仕立屋を咎める立場でもない。ユニカが危害を加えられることがなければ、なんでもいい。
エリュゼはそう割り切れなかったのだろう。
きっと、今日の件で自分はユニカのなんの役にも立っていないと考えている顔だな、あれは。もう少し付け加えると、突然現れた知人≠ニユニカの距離の近さに焼きもちを焼いているのだと思う。エリュゼの生きがいはユニカの世話らしい、とディルクから聞いたので、クリスティアンはそう考えた。
「クリスティアンも、ずいぶん伯爵のお気持ちが分かるようになったんですね」
今日、連れて行く部下に一番若いフィンを選んだのは、ラドクやアロイスと違って、ジンケヴィッツ伯爵邸に集まった姫君達をじろじろ鑑賞する恐れがないからだった。
そして、レオノーレが一緒だというのも理由の一つである。フィンは騎士見習いになった時からレオノーレのお気に入りで、彼女がむしゃくしゃした時にはフィンを与えておくと、はけ口になって周りへの被害が減るのだ。
それと、こういうことを言ってクリスティアンを茶化してくることがないから鬱陶しくない……はずだったが、今日は珍しく、先達であり直属の上官であるクリスティアンを見てにやにやしている。多分、クリスティアンとエリュゼの婚約が正式に決まることを聞いたせいだろう。
「伯爵の頭の中がユニカ様のことでいっぱいなのを見ていれば、理解できるようにもなるよ」
「それは確かに寂しいですね。でもそのうち、クリスティアンも伯爵のお心の一角を占めるようになりますよ」
茶会でレオノーレがへそを曲げたり暴れ出すような事態になったりした時、自分が生贄になる運命だと知らないフィンは暢気に他人の色恋へ首を突っ込み笑っていた。
この部下を生贄に差し出さねばならないような事態が起こらなければいいが……。
クリスティアンは再び馬車を振り返る。馬車の後ろにはもう一人騎士がいた。レオノーレに与えられている騎士団の長で、少し前までクリスティアンやフィンの上官でもあったヴィルヘルムだ。彼はウゼロ公国の軍に籍を置いたままだが、レオノーレとともに未だシヴィロ王国に滞在していた。
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