天槍のユニカ



棘とお菓子(3)

「舞踏会用の手帳ですよ。今日のお茶会でもお役に立つんじゃないかと思って」
 マクダはそう言って銀の手帳を取り出し、ユニカの手にのせる。同じく銀の軸で出来た鉛筆を挿すことで表紙と裏表紙の留め具になっていた。鉛筆を抜いて開いてみると、中には質のよいなめらかな紙が挟まっている。
「新しいお友達のお名前を覚えるのも、いっぺんには大変でしょう? これにこそっと書き付けておしまいなさい。もちろん、ご本人から見えないところで、ですよ」
 ユニカは目をまん丸くしてマクダを見つめた。実はそれも大きな懸念だったのだ。
 クリスタから、今日の茶会には三十人ばかり集まるだろうと聞いていた。全員と仲良くなることはないにしても、話をした相手の名前くらいは覚えなければと思いつつ、できるかどうか不安だった。
 エリュゼやヘルミーネは相手のことを覚えろと言うばかりで――分かっていても、一度に覚えるには限度がある。それに、きっと緊張している自分の記憶はぜんぜんあてにならない。
 書いてしまえ、という助言は、ユニカの人見知りをよく知りつつ、貴族ではないマクダだからできることだった。
「――ありがとう。そうします」
 本当は手を取ってお礼を言いたいほどありがたい。エリュゼが見張っているのでそれはできなかったが、ユニカがどんなに心強く思ったか、マクダは分かってくれたらしい。
 公女殿下の支度もできたという報せが入ったので、ユニカは笑って送り出してくれるマクダを何度も振り返りながら部屋を出た。



 レオノーレに新しい衣裳を褒めそやされ、まんざらでもない顔で照れているユニカを見守りながら、エリュゼはほっとするようなもの寂しいような、複雑な心地で佇んでいた。
 茶会の話が来た時、ユニカはあんなにうろたえて悩んでいたというのに、今日にいたって諸々の不安はずいぶん解消されたようだ。
 それもこれも、ディルクが場慣れしたクリスタという友人をユニカに紹介してくれたからであり、そのクリスタがユニカの旧い知人で腕のいい仕立屋を連れてきてくれたからであり、エルツェ公爵夫人やその友人達がユニカの相談に快く乗ってくれたからだ。
 エリュゼはいずれの場面でもあまり役に立てていない。今日の支度くらいはと思っていたのに、例の仕立屋が当日の支度もさせて欲しいと言ってやって来て、髪まで整えてしまった。

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