天槍のユニカ



みんなのおもわく(17)

 ユニカはそれを聞いてさっと背筋に冷たいものが走るのを感じた。クレマー伯爵夫人も覚えているらしい。
 あの夜、真夜中の劇場でユニカは妙な男に拐かされそうになった。あれ以来、同じ危険を感じたことはないが。
 偶然だったのかと考えてみるが、あの時自分は『王家の姫君』と呼ばれた――あの男はそこにいた適当な女を連れ去ろうとしたのではなかったはずだ。
「ユニカ様、クレマー伯爵夫人ともお知り合いなのですか?」
 伯爵夫人がレオノーレの隣に戻っていくと、すかさず駆け寄ってきたクリスタにそう確認された。おかげで嫌な記憶がすっと後ろへ遠ざかる。
「私がというより、お継母様が、ですが」
「でも夫人の方から声を掛けていらっしゃいましたよ。あとでぜひご紹介ください。脚本家の後見(パトロン)として有名な方なのです。お話を聞いてみなくては」
 クレマー伯爵夫人の芝居好きは有名な話らしい。
 クリスタはユニカの友人らしい距離で待機しつつ、集まった十名ばかりのご婦人方の顔を順に盗み見ている。その表情には全員と仲良くなって帰るぞという闘志さえ見て取れた。
 先ほど≠フ話といい、今日の茶会で一番多くを収穫して帰るのはクリスタなのではないだろうか。そして、そういう情報交換や人脈作りが茶会の本質なのではないだろうか。
 不慣れな自分は、お茶とお菓子と、それぞれの客へのご挨拶にだけ集中しよう……。
 ユニカはヘルミーネから人前でつくことを禁止されている溜め息を胸のうちに留め、噴水も見てみたいというクリスタを連れて庭へ出た。
 ユニカの背丈を超える柱の先に水盤があり、水はそこから溢れて下の水盤へ落ち、さらに下の水盤から池に落ちて、サアサアと音を立てていた。揺れる水面の上に薄紅や白の睡蓮が浮いている。ヘルミーネは水辺に咲く花が好きらしい。
 水音に混じって芝を踏む足音が聞こえた気がして、ユニカは振り返った。
 すると、そこには睡蓮のような薄紅色のドレスをまとった少女が立っていた――これだけ若い招待客は一人だけ。先ほど噂の種にしていたジゼラだ。
 麦の穂のような色のくすんだ金髪を大人っぽくまとめているが、顔や目の形が丸くて聞いている年齢よりあどけない印象を受けた。この子がカイと……そう思って、ユニカはついまじまじとメヴィア家の姫君を見つめてしまう。
 彼女もしばし、ユニカを観察しているようだった。緑がかった灰色の目がこちらを見上げてくる。

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