天槍のユニカ



追想の場所(18)

「何をおっしゃっているの……!? そんな必要はないわ、私の部屋へ帰して――」
 抗議のため口を開いたユニカだったが、出口付近の階段に座っていたルウェルを見ると口も歩みも止めて硬直した。
 どうやら、図書館で自分が殴りつけた騎士だと気づいたらしい。
 だらしなく背中を丸めて頬杖をついていたルウェルは、ユニカと目が合った途端に眉間にしわを寄せる。
「おい、俺になんか言うことがあるんじゃねぇの」
「怯えさせるな。お前はラヒアックを探してここへ呼んでくるんだ。その二人を医官のところへ運んでやれ。あとで合流だ」
「それ、結局俺に説教を受けろという……」
「説明はすべて王太子からとだけ言っておけばいい」
「ちっ。ぜってー説教されるに決まってんのに」
 ルウェルはユニカより王太子≠ゥらの命令に気をとられたようで、口を尖らせながらも立ち上がり、外套を被って雪の中へと出ていった。
 ディルクは自分の陰に隠れていたユニカを振り返ると、外套のフードを被らせて外へ出るように促した。大人しくついてくるかと思いきや、ルウェルの姿も見えなくなったというのに彼女は動こうとしない。
「私は西の宮へ戻ります。人目につかない道ならよく知っていますから、ここで……」
 だからこの手を放して欲しいと言いたいのだろう。
「君の部屋へ戻るのはやめた方がいい」
「なぜですか?」
「……そうだな。君は今、誰かと一緒にいるべきだ」
 ディルクは、近衛兵が西の宮の周りを見張っているらしいことは教えなかった。それはまだエリュゼが察知した気配でしかない。
 本当に近衛の小隊が動いているのか、だとしたらそれは誰の命令なのか、まずは確認すべきだとディルクは思った。また、いたずらにユニカを不安にさせる必要もないとも思う。
 それに、身の安全云々だけでなく、この泣きはらした目の娘を一人にするのは気持ちのよいことではなかった。
 誰かと一緒にいた方がいい。それもディルクの本音である。
「一晩だけだ。用意してある本を読んでいればあっという間だよ。明日にはエリュゼが迎えに来るだろう」

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