追想の場所(17)
投げやりにそう言って鼻を啜り、彼女は続けて口を開く。
「……本が、」
「本?」
「殿下にいただいた本が、持って行かれてしまったわ」
「近衛兵に?」
言いにくそうにするから何かと思えば、本の話か。ユニカはいたって深刻になっていたが、ディルクは思わず笑った。悲しそうにしてくれるということは気に入ってくれたということだろう。
それが妙に嬉しくて、ディルクは慰める体(てい)でもう一度ユニカの髪を撫でた。
「また同じのを買ってあげるよ。実は次の本も用意してあったんだ。一緒に渡そう」
彼女は首を縦に振るだけだった。愛想はないが、なかなか素直なその反応は可愛くないこともない。
「ここは寒い。もう行こう。エリュゼに外套を借りてきているからこれを着なさい。侍女の振りをして私についてくれば怪しまれない」
ディルクは投げ捨ててあった外套を拾い上げ、ユニカに羽織らせた。
「外で倒れていた兵の手当もしてやらなくてはな。……もう一度聞くが、君がやったのか?」
問われて、『天槍の娘』はぎくりとしながら息をのんだ。それでも言い逃れのしようがないと分かっていたようで、正直に白状した。
「曲者だと言って槍を突きつけてきたから、私も、」
「『天槍』をくらわせた?」
「死んでいないはずよ」
「あのまま放っておけば凍え死んでいたかも知れない。君が悪者になることはないよ」
「……今さらだわ」
ユニカの声は再び冷気をまとう。
ユニカは村を一つ焼き尽くした――それが本当なら確かに今さら≠セ。しかし、そう言う彼女の表情にはあまりにも深い苦悶が滲んでいる。
故郷を亡ぼしたのは本意ではなかったということだろうか。ディルクはちらりとそんなことを思った。
それから二人は並んだ王冠に向けて一礼すると、ディルクが明かりを持ち、空いた手でユニカの手を引きながら廟の出口へと向かった。
「まぁ、今はいい。気を失っている彼らのことは私が上手く処理しておく。君の部屋はエリュゼが片付けているから、それが終わるまで私の宮に行こう」
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