追想の場所(16)
そう言って、ディルクは彼女の頭を自分の肩の方へ抱き寄せる。それきり、彼は黙った。
ディルクの肩に額を押しつける格好のまま、ユニカは息を止めた。少しでも息を吐き出せば、それと一緒に感情も溢れ出てきそうだったからだ。
本当は、ディルクの言葉を否定したかった。
ユニカが過ごす世界、この城の中には、ユニカを厭い憎む者と傍観者ばかり。味方でない他者は、みんな敵だ。
この人だってユニカの異能を珍しがって近づいてきているに違いない。
理性ではそう思っていても、冷え切った身体に染みこんでくるディルクの体温や手の感触は、他人に愛されることを知っているユニカにとってあまりにも甘い蜜だった。
ディルクがあやす手つきでゆっくりと髪を撫でてくる。
異性の大きな掌はどうしても養父のことを思い出させて。
止めていた息を吐き出すのと同時に、ユニカは堪えていた嗚咽を漏らし始める。
ディルクは、そんなユニカの背にそっと腕を回した。
しばらく黙って立ち尽くしていた二人だったが、ややするとユニカはディルクの肩から離れた。そしてディルクを見上げ、何かに気がつき目を瞠る。
「耳が……!」
「ああ、」
ディルクはユニカの『天槍』がかすめていった左の耳をそっとさすった。実はそれなりに痛むが、触ってみたところ血は出ていないようだ。
ただ、イヤリングがなくなっていた。そのことに気づいたディルクの中を冷たい風が吹き過ぎたが、探さねばという気持ちは動揺したユニカと目が合うとすぐに消えていった。
大切に持っていたものではあったが、あれは過去の欠片にすぎない。耳の身代わりになってくれたのだろうと思うことにする。
「たいしたことはないよ」
笑ってみせるが、ユニカは涙を拭いながら顔を背けてしまった。
「ごめんなさい」
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